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2017年8月11日金曜日

ドレスローザ編の読み直し ~re-reading Episode Dressrosa


日本全体がお盆休みの間、
家で仕事をすること以外、ほぼノープランで、
「そうだ、ドレスローザのところを読み直そう!」ということになった。

・自身の手がどれくらい汚れているかを顧みて、
 清いものに触れてはいいのかを考え直すこと
・既得権益に対抗しようと思ったら、
 相当にどでかくなったものを引き倒すことになるので、
 力を付けて、覚悟をして、
 それを上回るものをぶつけないとたいてい失敗すること

そんなことを考えた。 

Some considering through Episode Dressrosa from One Piece,

・Are my hands and heart as clean as to touch clean or sacred things?
・”Vested Rights" is already huge.
So, if we would corrupt it, we must have more huge power than vested- rights people have.

2015年7月3日金曜日

Japanese ”Jazzy” Pops


このアルバムの中には、♪花火 やら ♪カブトムシやら、有名なシングル曲が入ってるけど、
今日、心をわしづかみにされたのが、8曲目の♪傷跡。

https://vimeo.com/63821123

一言でいうと"Jazzy Pops"。
ベースになっているリズムが8ビートから4ビート寄りというか、ジャズっぽい。

そうか、Aikoの音楽的なベースはこれかと、勝手に納得してしまった。
8ビート好きで、ジャズっぽい和音の重ね方、メロディの歪ませ方が好きなんだと。

楽天市場ならこちら⇒【メール便送料無料】aiko / 桜の木の下[CD]

「桜の木の下」つながりでついでにこちらも↓
梶井基次郎もそういえばちょっとJazzy??

2013年6月6日木曜日

”最古”の誇り

『7つの習慣』のコヴィー氏が、とても推しているように感じた、
エジプトの政治家ムハンマド・アンワル・アッ=サーダート( محمد أنور السادات‎,  Muhammad Anwar al-Sādāt)。
とりあえず図書館で入手できた2冊をざーっと読んでみた。

いちばん感じたことは「エジプト人としての誇り」。
帝国主義から東西冷戦と時代が移りゆく中で、最も翻弄された地域の1つ、中東・アラブ世界
にあって、自身のアイデンティティに対する誇りは決して失わず、現実に対処していた。

手持ちの資料では、エジプトで統一国家ができたのが紀元前3100年。
間に、数えきれないくらい国家体制が変わり、宗教も移り、もちろん人も現れては消えながら、
それでも「エジプト」というアイデンティティと、そこから生まれる誇りは、
確かに1人の人の中に生き続けるんだなと感じた。

まさに一挙手一投足、何かことが起こると、即戦争。
戦闘機やらミサイルやらが平気で飛んでくる。
そんな状況下での政治家ってのはどんな神経しているのか、想像もつかない。

 
サダト暗殺―孤独な「ファラオ」の悲劇 (1983年) モハメド・ヘイカル (著), 佐藤 紀久夫 (翻訳)(映像見つからず)
 
 

2013年5月10日金曜日

怒りを劇的に減らす

「娘には、人に貸し与えるという経験の前に、所有するという経験が必要だったのだと思う(そもそも所有していないものを、どうして人に貸し与えることができるだろうか)。父親として、娘にそうした経験をさせてやるためには、自分の側にもっと高い精神的な成熟が必要だった。」
(スティーブン R. コヴィー 『7つの習慣』 p.39~40)

ここのところ、我が家の最大の問題は、7歳の娘に向かって何度も、というよりずっと声を荒げていたことだった。特にこの数ヶ月、彼女はいつも親から怒られていると感じていただろう。

「あの子が親の言うことを聞かないから」という責任を完全に一方的に押し付けるつもりはなかった。でも、それは親の「つもり」であって、子どもにしてみれば「なぜこんなに怒られないといけないのか。家に居場所がない」と感じていたはず。

「2人の親が同時に怒ることはやめよう。子どもの逃げ場所を奪うから」というルールは、子どもが生まれた時から決めていたことで、それは守っていたつもりだが、これだけ連続して怒っていたら、2人から同時に怒られているのと同じことだった。


先週末、冒頭に引用した言葉を読んだ。その日の夜、奥さんに持ちかけて、夫婦でしばらく話し合った。そして2つの結論を出した。

1.まずは親自身が怒ることをやめる。子どもの身に危険が差し迫っている時など以外。

2.子どもの人格を尊重する。彼女の時間・権利・責任は自分のもので、選択するのも自分という意識を持てるように助ける。もし自分で選んだ、または失敗した結果、学校に遅刻するようなことが起こったとしても、学校の先生とも連絡を取り合って、そこから一緒に改善していく。

話し合った次の日、娘にもそのまま話した。今までに経験がなかったくらい、素直に聞いてくれていると話していて感じた。


その週末から数日間はとても家庭の中に平安があった。
まず親が怒ることが減った。特に母親は感情をコントロールしている。父親は未熟さを見せている。。。
そして、子どもは自分から動けるようになっている。以前にように癇癪を起こすことも激減した。

でも、今朝はちょっと前のような状態に戻ってしまったようだ。
がんばって付けて矯正していた気持ちの装具に、ふと違和感を感じ、疲れたのだろう。
そういう揺り戻しも込みで付き合っていこう。

7つの習慣―成功には原則があった! スティーブン・R. コヴィー、Stephen R. Covey、ジェームス スキナー、 川西 茂 (1996/12)
The 7 Habits of Highly Effective People: Powerful Lessons in Personal Change Stephen R. Covey (2004/11/9)(There is also a kindle book for original English ver.)

2013年5月5日日曜日

骨のある弁護士

中坊弁護士が亡くなったそうで。
それより弁護士を2003年で廃業していた。

1冊の本からの印象だけど、骨のある弁護士という印象だった。
中坊公平・私の事件簿 (集英社新書)

2013年5月1日水曜日

2つ以上の言語が飛び交う食卓

「モザイク一家」の国境なき人生 パパはイラク系ユダヤ人、ママはモルモン教アメリカ人、妻は日本人、そして子どもは…… (光文社新書) 長坂 道子 (2013/2/15)
「国籍があってないような、定住者のような遊牧民のような、食卓で2つ以上の言語がカオティックに飛び交っているような、そうした人々との交わりを、私自身は、最初はとても新奇なものとして、やがて少しずつ、案外居心地のいいものとしてとらえるようになっていった。」(112頁)

「いつも同じ」状況はある意味で貴重だ。努力して保てているならなおさら。

でも、ほとんどの場合そうはいかない。
保とう、残そうと意識して努力していないもの以外は、どんどん変わっていく。

文化的な、言語的な状況もやはりそうだろう。
現在を見れば、これだけ人もモノも情報も行き交っているのだから、
変化が常に起こっていて、同じ状態に留まっているものを見つける方が難しい。
結果的に、それまで自分が得てきたものとは異なる文化・言語が気が付けば傍らにある、
そんな状況の方が当たり前なのかもしれない。


この本を見かけて、まず読まないとと思わせたのは、タイトルの一部。
「ママはモルモン教アメリカ人」
自分が属している教会(自分たちは「モルモン教」とは言わない。モルモンが作ったのでもなく、モルモンを信仰しているのもないから。)がどんな風に一部分を構成しているのか。

結論としては、「モルモン」はこの物語・この家族にとってそれほど重要ではなかった。
この登場人物「ママ」も、その母親も、表面的にそれほど「モルモン」として生きていなかったようなので。
ただ、ブリガム ヤングの写真を挿絵にしていたり、紙幅も割いてモルモンを解説していた。
ということは、'Christian base'、その一部たる'Mormonism' という要素・アイデンティティが人となりや日常生活に姿を現していたということか?著者は駅前でモルモンの宣教師を見かけていたくらいで、それ以上のうちの教会と関わりを持っていなかったようだし。だとしたら、それはすばらしいこと。


それよりも印象的だったのは、冒頭に引用したような、多文化・多言語の家族がどんな感じになるかという部分。そこには歴史的・政治的な要素も反映し、国籍があるないという問題にも広がる。

どこに書いてあったか頁をメモして置かなかったが、2人の子どもそれぞれの個性と状況によって、適用としようと奮闘しているし、がんばっている。言語を使い分け、人との接し方を選びながら、ということを書いていた。
親にとって言葉だけでなく、子育てのうまくいったところと失敗だなというところと必ず出てくるけど、親はできる限りのことを懸命にやって、後は子どもがどこに行くのか、どんな人になるのかは委ねるしかない。
現在進行形の結論でした。


2013年4月26日金曜日

コミュニケーションは"しつこいほどの確認"


地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」 細谷 功 (2007/12/7)

「適切なコミュニケーションにまず必要なのは、コミュニケーションの相手同士が、「同じ視座と視点で」話していることをしつこいほど確認することなのである。」(130頁)

前の投稿とコミュニケーションつながりで。

コミュニケーションを取れたと言える、その後何の努力もせず永続する人間関係の完成形なんて存在しないのではないか。

価値観をしつこいほどに、何度でも何度でも確認し合うことができたら、
何とか保っていけるのが、人と人とのつながりなんだろう。

2012年12月6日木曜日

自治は可能か



不作・天災からの窮状を、民自身の自治でくぐりぬけていこうとする物語。
権力をもつ支配階級は無策。それどころかそんな状況でも下々から搾取しようとする。

今は政体といえば民主制。かといって、民のための政治が行われているかといえば、・・・・・。
自治というのは本当に可能なんだろうか。
それができたら人は、社会は自由を得られるのか。

はい、理想論でした。

同じようなことを考えられる本↓
義民が駆ける
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価格:775円(税込、送料別)

2012年5月17日木曜日

人間的に壊れた状態




【送料無料】忍びの国
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価格:580円(税込、送料別)


この本の主人公は誰なのか?
それがはっきりするのは、物語もだいぶ後半になってからに感じた。
「下人」と呼ばれるいちばん下っ端の忍者「無門(むもん)」。
彼にかかれば、どんな頑丈な門も、どんな高い壁も、あってないのと同じ、
という、そんな能力と実績から付けられた。

忍者は赤子の時に連れてこられ、厳しい訓練を経て、闇の働きをこなしていくうちに、
人間としての感情・関係性を失っていく。
支配者からの酷使・搾取、盗み・人殺しが通常の仕事。。。


大事な人を失うとなった時に初めて、自分の中で失っていた人間的な性質が目覚めた。

「こんなことに人間の心が傷つかぬはずがない。無門が絶えずへらへらと深刻さを避け、あらゆる物事に対して斜に構え、他人の不幸にさえも小馬鹿にしたように冷笑を向けるのは、自らの心を守るためにはそれが不可欠のことだったからだ。この男は自らの心を欺き続けていた。」(前掲書343頁)

人間的に壊れているなと感じることが自分自身にも、周りの人にもある。
それに気づけることは大事なことかもしれない。
絶えず修正し、バランスを取ることでしか、生きていけないから。

2012年4月7日土曜日

本当に通用する価値

【送料無料】武士の家計簿
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価格:714円(税込、送料別)
「由緒や家柄は藩内でのみ通用する価値である。藩という組織が消滅すれば、もう意味がなくなる。 しかし、猪山家の会計技術は藩という組織の外でも通用する技術であった。 この違いが猪山家を「年収3600万円」にし、由緒だけに頼って生きてきた士族を「年収150万円」にした。」 (上掲書 電子版p.327)

300年余り続いた幕藩体制、武士による階級固定制度によって動かされていた社会では、 武士は対面と形式のみを追い求めて、それ以外のものを蔑み、 自身の現状も現実として顧みることをせず、それほど長くは続かないことが明らかな自身の立場にすらしがみつこうとした。
結果として自分の価値や存在意義さえも失っていくことになった。

そんな中で、本の副題にも出ている「御算用者」と呼ばれるような会計技術者の集団・一族は、 同じ武士階級の高位のものからは下に見られながらも、 現実的な必要性と実力・勤勉さにより大事件が起こるほど、情勢が混乱するほどに立場を高めていく。
さらには、時代の大きな移り変わり、近代社会への変換という激流の中にあっても、 しっかりと立場を得て、役割を担っていくことができた。

しっかりとした土台のない価値にしがみつくことの愚かさを身にしみなければいけない。

2012年3月17日土曜日

本来のブッダの狙いはなんだったか?

電子書籍の試し読みで、仏教関係のものを幾つか読んでみた。
【送料無料】超訳ブッダの言葉
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率直な感想としては、生活に役立てて、人となりを形成するためのよりどころとして、 仏教は各論過ぎる、ということ。 これをひとつひとつ追っかけていくことは、不可能に近いのではないか。

実際にやっていこうと思ったら、つまりブッダが教えてくれる道を歩もうと思ったら、 それこそ出家して仏門に入って、専心する他にない。 これは何も仏教だけではない。いはゆるキリスト教にも修道士・修道女がいるし、 巫女やら祭司やら、儀式を執行するためには、そのために人生を捧げている人でないといけない、 と規定している宗教は多いのではないか。

ただ、そのやり方だと、変に組織立ってきたり、権力が生まれてきたり、利権が発生したり、 純粋な信仰という本来の目的から離れていくことも往々にしてある。

ひとつ勝手な結論を言えば、殊日本においては、仏教は奈良時代の頃の学問としての仏教に留まっているべきだった。 それであれば、学者(僧侶)だけのものであればよく、どれだけ小難しく複雑にしようが一般社会にはさしたる影響はない。 これは塩野七生さんが指摘していたように記憶しているが、「葬式仏教」になった時からその存在意義ははっきりしないものになってしまった。

もうひとつ勝手な結論としては、サンスクリット語(シーア語?)で弟子たちによって書かれたブッダの教えがそのまま広まったらよかった。 中国に伝えられてから、漢字で翻訳され、しかも"お経"という形に作り変えられて(これも日本でか?)、 日本語という音の数が極端に少なくなる言語で読まれたときに、なんとも平板な無味乾燥な響きのものになってしまった。


そんなことを書きながら、これから空海を読もうとしている。。。

2012年2月15日水曜日

自分で観る

【中古】 正雪記 (新潮文庫)
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約ひと月ぶりの更新になってしまった。。。 由井正雪や慶安太平記なるものを、談志さんの朗読で知って去年あたりから読んでみたいと思っていた。 周五郎さんのこの本は、想像と創作の部分がだいぶ入っているのか?と思いつつ、 でもこの人の真面目な感じからすると創作ではないのかと、迷いながら700頁余り読み進めた。 まずの感想としては700頁を1冊の文庫にするのは無謀だということ。 がさばるし、紙自体の重みで破けそうになる。 さておき、印象に残ったところ。
「わしにはもう教えることはない」と老人は云った、「あとはおぬしの努力ひとつだ、もう少しいっしょにいて助言したいが、おぬしにはその必要はないと思う、ただ繰り返して云うが観ることを忘れぬように、いいか、自分の勘にたよってはならない、理論や他人の説にたよってもならない、自分の経験にもたよるな、大切なのは現実に観ることだ、自分の眼で、感覚で、そこにあるものを観、そこにあるものをつかむことだ」
直接は天文学について言っているところ。 世の中全般について、現実を見て、真実も以て判断するのは、相当な至難。 塩野七生さんの指摘のように「人は自分が見たい現実しか見ない」のが常だから。

2011年12月21日水曜日

書籍の電子化は是か非か

という議論。
一つ言いたいことは、単行本のハードカバーが多いことと、モルモン書もそうだけど紙質が良すぎること、あれは無駄!
活字中毒なる症状があるけど、本を読むことと蔵書することが目的になっているのも何か違う。
書籍電子化のメリットでいいと思ったのは、
1.紙代とデータ化費用なら、データが割安だろう。印税は割合で決められるだろうけど、それで激減はしないんじゃない?
2.OCRをかけることで70%くらいの完成度にせよ、全文検索ができて、相互参照しやす。
3.何冊持ち歩いても、ほぼ重さが変わらない。問題は、データゆえの交換のしやすさで不正が起こりやすいことかな。
紙の感触や装丁のよさは好きなんだけどね。

2011年12月12日月曜日

世界を知らないと

日本ではふた昔くらい前(ニュースステーションが始まる以前?)、ニュースをわかりやすく解説するのは、ある意味タブーだったそうで。 つまり、わかる人だけわかればよい、または庶民は簡単に操作できる、という発信側の意図がおもいっきり働いていた。 そんなで昨今はどこのTV局も、ニュースをわかりやすく伝えようとはしている、またそういう番組は一応持っている。 でも実際の中身はというと。。。そううまくはいかない。 池上さんの本は初めてだったけど、充分わかりやすかった。 さすが長年のこどもニュース担当! 今回はとくに引用なし!

2011年12月10日土曜日

人を描く

【送料無料】龍馬奔る(少年篇)
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 「たっすいより、いちびりがええきに」  なにを言っても張り合いのないこどもよりは、お調子者でも威勢のいい子のほうがはるかにいい(66頁)
ちゃんと覚えている情報ではないけど、 司馬遼太郎『龍馬がいく』よりも、 龍馬と慎太郎が、それぞれ1人の少年として何をして、どうやって育っていったかが、 一力さんの職人を描くやわらかいタッチで丁寧に書かれている印象。 歴史の流れというよりも、1人の人となりを描き出そうとしているのかなと。 続きが楽しみだ。

2011年12月8日木曜日

乾燥が顕れるところ

冬の時期、空気がカラカラに乾くと、 その乾燥が如実に顕れてくるのは、鼻の穴の内側。 粘膜全体が乾いてヒビが入っていくような。 粘膜が弱い人だけなのか?? 他の人たちはそんなことはないのかな?? うらやましい。

2011年12月7日水曜日

自立して、責任を取るということ

今週読んだ本たち。

まずは友人から「ぜひ読んで!」貸してもらった。
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次に、しばらく前にお客さんと話していて、やっぱり読まないと思い、やっと読み切った。
【送料無料】金持ち父さん貧乏父さん
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結局、自分で考えて、決めて、行動して、そして自分で責任を取る。
逆を返すと、責任を取れるところで(責任を取れる範囲を広げながら)、動けるだけ動く。

2011年11月27日日曜日

日本の国と人が死ぬ前に

【送料無料】官僚の責任
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革命のもう1冊。古賀茂明『官僚の責任』
これには、もはや言い古されたことだが、英語教育を早急に変える必要があるだろう。それだけに、文科省の責任が今後ますます大きくなると思う。「英語はネイティブの教師を必ず採用する」とか、「高校や大学の入学試験の英語は、ネイティブとのディスカッションのみにする」といった思いきった改革が必要だろう。
「いや、そんなことをすると、先生が困りますから」
文科省は必ずそう言うだろう。そして、日教組が反対するにちがいない。外国人教師を雇用すると、じつは対して英語をしゃべれない日本人英語教師の権威がガタ落ちになるからだ。
だが、教育は教師のためにあるのか?(203~204頁)
この本の中で恐らくいちばんわかりやすい議論かと思い引用したが、 議論はこんな程度ではない。 国家公務員、いわゆる官僚、そしてもっと大きな枠での役人(もちろん公立学校の教師も含む)は、 国益や地方公共団体の利益を考えて仕事をしていない。

では何のために存在しているかというと、自分たちの所属する組織の利益、省益のため。 隠しようのくらい、自分たちの保身と既得権益を求める人たちの集まりに成り下がっている。 結果として、本来目的とすべきものは完全に見えてないか、意識的に見ないようにしているとしか思えない。

何でこんな人たちに、我々の安全保障や公共サービスを任せてきたんだ。 利益・儲けだけを考えて、商売をしている民間企業の方が、どれほど純粋で社会の役に立っていることか。 (自然環境や人間社会を顧みず、公害を巻き起こすような組織はもちろん除いて)


この社会に生きる人間としてできること。
経済的にも、精神的にも、個人として家族としても自立しよう。
公共団体の世話にならなくてもいいように。
目の前の生活費も困らないように、老後の無収入の状態は作らないように。
できるだけ病院の世話にならないように、死ぬ直前までバリバリ元気に生きて、
ポックリ死にたい。
どうだろうか??

苦と楽、どちらに耐えれるか

『世に棲む日日』の続き。
[慶応元年 長州藩内クーデター成功後]
「艱難ヲトモニスベク、富貴ヲトモニスベカラズ」 と晋作がいったのは、この情景のすさまじさをみて言ったのであろう。人間の群れは、そういうものであった。事をなすべく目標を鋭く持ち、それにむかって生死を誓いつつ突き進んでいるときは、どの人間の姿も美しい。が、ひとたび成功し、集団として目標をうしなってしまえば、そのエネルギーは仲間同士の葛藤にむけられる。(第4巻 138頁)
●目標達成に向かって一心にがんばることは大事なこと。でも、その目標達成後にも流れがあるなら、集団・組織であれば、そこをその後までを見通す目と方向性を持つ人間はいないといけない。でないと、いわゆる「燃え尽き症候群」だったり、逆にエネルギーも持て余した末の暴走を招く。
●モノがないことには耐えれても、有り余る中で本来の姿を保つことは、人間難しいんだろう。