われわれは日本人―ことにその奇妙さと聡明さとその情念―を知ろうとおもえば、幕末における長州藩をこまかく知ることが必要であろう。この藩―つまり一藩をあげて思想団体になってしまったようなこの藩―が、髪も大童の狂気と活動を示してくれたおかげで、日本人とはなにものであるかということを知るための歴史的大実験をおこなうことができた。日本史における長州藩の役割は、その大実験であったといっていい(かれらは維新政府をつくる主役になりえたが、それはかれらの功績ではなく、歴史のひろい場からみれば単なる後日談にすぎず、それだけにすぎず、あるいはまぐれあたりかもしれず、要するにかれらはひどく活動的であったために歴史の実験台のひとびとたる運命をになったにすぎない。かれらの壮烈さもおかしさも、そこにあるであろう。)(世に棲む日日(三)144頁)この本は革命を題材にしている。 人の世に動乱を起こした人、その動乱に巻き込まれた人を描いている。 なので、この本を読むと何らかの形で主体にならないといけない衝動に、 つまり自分や周りを変えるために、何らかの行動を取らないといけない衝動に駆られる可能性が高い。 その衝動たるや、今までやってきたことをもっと徹底的にやろうというレベルならまだしも、 ひょっとしたらそれまで思いも寄らない、突拍子もない、過激な行動を取ることになることが結構あり得る。 特に日本人にとって、 そして「明治維新」"Meiji Revolution"を帝国主義に屈せず独立を保った、唯一の運動と標榜する人たち(アジア各地などでそう捉えていることが意外と多いらしい)にとって、 現実をしっかりと見つめながら、変えるべき社会の仕組みを変えていく動機づけになる本かもしれない。 。。。などと勝手に燃えてしまった。 つまり、この本は劇薬ですので、自分の心構えをしっかりともって開かないといけない。
2011年11月21日月曜日
劇薬なのでご注意を
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