2009年2月18日水曜日

手段の目的化 -塩野七生『ローマ人の物語』より-

ほとんど夢を覚えていない、思い出せない人なんだけど、
今晩の夢は強烈だった。
政治家のようなものになって、しかもアメリカで!
市民会館みたいなところで、演説しようとしていた。
ちゃんと奥さんが隣に座っていた。
ここだけ現実的で、american dreamにもほどがある。


さて、昨日読んだ『ローマ人の物語』文庫6巻 91頁より

「要は教養の有無でも時代のちがいでも文化のちがいでもない。目的と手段の分岐点が明瞭でなくなり、手段の目的化を起こしてしまう人が存在するかぎり、[改革を推し進めて、自分たちの既得権益を犯す輩を失脚させるために、奴は私利私欲のためにそうしようとしていると大衆世論に思い込ませる]作戦の有効性は失われないのである。」

食べる為に生きているのではない。
生きる為に食べるんだ!

選挙に勝つ為に、世論を作ったり、与党を攻撃するんじゃない。
国益を伸ばす為に、政治家が必要なんだ!

金儲けのために、宗教を作ったり、宗教法人を名乗ってはいけない。
人の幸せと救いのために、宗教や信仰を守るんだ!

金儲けのために、学校法人を作るんじゃない。
人を教育して、社会の役に立つ人材を見つけて育てるために、学校が必要なんだ。

結婚することはゴールではない。
そこから人間としていちばん試練となり、いちばん幸せとなる関係を気づいていく道を歩き始める!


手段を目的化してはいけない

2009年2月17日火曜日

本と末 -神風連の考え方-

『翔ぶが如く』6巻より

西南の役を誘発した役割の、神風連の乱。
イデオロギー側から見れば、政府の西洋かぶれに反対した極右の暴発、
としか写らない。

でも、やはりというか、元々の考え・行動から見たら、
つまり、教祖というべき林桜園の考えからみれば、
視野が狭く成り過ぎた結果と思わざるを得ない。

その理由とすると、「本と末の区別を知らなければならない」という考え方。
彼にとって「本」は神道であり、
それを確かに守ってさえ入れば、
「末」たるその他のすべてのもの、すなはち政治だろうが、西洋の学問だろうが、
何をしようと問題ではない、と教えたらしい。

「五大洲は広し。教道何ぞ独り儒教に限るべけんや」
当時学問といえば、儒教。しかし、なぜ儒教に固執しないといけないのか???
為政者が面倒くさくならないためのご都合、でしかない。


神風連の人たちは、明治政府の、文字通り本末顛倒を怒って、
反乱に打って出たらしい。
そういう点では意味があったと思うが、
ただ、このイデオロギーという型を当てはめることでしか、モノを見れない近現代では、
右翼の元祖と見られるばかり。かわいそう。。。

2009年2月12日木曜日

オーストラリアの山火事

今年の仕事初めは、火事現場だった。
臭いもすごいし、すべてが灰になるんだなという光景は、
望みを失くすことにつながってもおかしくないなと。








自分が見たのとは、ぜんぜん規模がちがう。
メルボルンの近くがとんでもない火事らしい。
東京都の2倍の面積を焼き尽くしたとか。

ここまで広がったのは、気温が47℃になっている異常気象のひとつの結果みたいなことも報道で言ってたな。
なにが起きてもおかしくない人生だなと思わずにはいられない。

2009年2月10日火曜日

子どもの言語の覚え方

子どもの言語の発達をそばで見ていると、
関心するしかない。

もともとがカラカラのスポンジみたいだから、
とりあえず近くに来たものを吸い上げようとする。
でも、あまり許容量がないもんだから、
すぐに外に出そうともする。

でも、スポンジと違うところは、
自分で使ったり、インパクトがあることは、
ちゃんと残って、全然別の機会にすっと使えるようになる。


土曜にTVを見ていて、
タマホームのCMをやっていた。
最後のカットで、みのさんが「行こうよ!」と決めセリフ。
すると、うちの子がボソッと「行かないっ」。。。。。

実にいい言語的な反射神経だな、と関心してしまった。

2009年2月7日土曜日

政治家の居眠り -司馬遼太郎『翔ぶが如く』6巻より-

明治8年6月に開かれた地方官会議。
ここの地方官とは、今の都道府県知事に当たる人を全員集めて、
これからの地方の統治と、政治を任す議員を民選するかを、どうしましょう?と、
明治政府が自分たちで就任させた知事に話し合わせる会議だったようだ。

近代国家として一人前になろうとする過程というか、もがきとして、
興味深い段階と思う。

しかし、形式もさることながら、その話し合われ、決定された内容も、
それほどの重みを持たせることはできなかったようだ。
司馬さんも書いているように、

「会議で物事を決めるということ自体への積極的な軽侮感が、ほとんどの者にあったであろう。」(19頁)

つまり、江戸時代だけでも300年ほど、それまでのお上と下々の社会的な関係できた人々にとって、
目的をもって、話し合って、物事を決めて実行していくことは、
ことのほか違和感があり、簡単にできることではなかったんだろう。

しかしながら、100年以上たった今日を振り返ってみると、
成熟を感じられるか。。。正直なところ???


孫引きながら、

「大方は軽侮怠慢の体を顕し、議事最中、居眠りをするものもあり、鼾(いびき)をかく者もあり、欠伸(あくび)をする者もあり」(青森県参事 塩谷良翰(しおのや りょうかん)の回顧録)

いまどきの様子を加えるとすれば、「議場でまんがを読んでいるものもあり、勝手に欠席するものもあり」・・・・・というところか。。。

2009年2月5日木曜日

官となって富む??

今朝の日経新聞の春秋に、こんな言葉が入っていた。

高官ニ昇リ富貴トナル
(明治初年の投稿雑誌「穎才新誌」竹内洋「立志・苦学・出世」090205日経春秋より )

本気か??
高官となって貴となる、だったら素直にうなずける。

富んだらまずいだろ。
最初から職権乱用を目指している。

「親方日の丸」に象徴される安定なんて幻想であるべきだ。


政も官も、最初から最後まで公のものとして、
どこまでいっても国益・地方自治体としての利益を考えるべきものだろう。

2009年2月3日火曜日

梅 早咲きの3万5千本が開花 神奈川・小田原


真っ白に冬化粧した富士山をバックに咲き始めた白梅=神奈川県小田原市の曽我梅林で2009年2月1日、小林努撮影


富士山って、感情に訴えてくるものだなと、
とても感じるような齢なのか。

日本一高いとか、山といえば富士とか、
そういう事実や慣習でなく。と自分では思っているのだが。


うちの奥さんも、
山梨に帰ったり、東京でも見えるスポットに行くと、
富士山を見て、元気をもらう、というようなことを言っている。

富士山が見える家・地域に住むことを、
探す条件にしたり、誇りにする、
ということも、日本人のアイデンティティなのか、
感傷なのか、歳を重ねるほどに、理解できるようになっているような。


因みに、ケータイの待ちうけ画面は、
娘の写真とかではなく、
5年くらい前に撮った夏の富士山のまま、ずっと。
もう空気のような、故郷のような。。。