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2008年12月5日金曜日

お金のかかる教育は自然なのか??

米大学の学費、25年間で4.4倍 所得伸び追いつかず
 米国で大学の授業料や寮費などが、1982年から2007年までの25年間で約4.4倍(物価調整済み)に上がったことが、非営利団体、米公共政策・高等教育センターの調べで分かった。

 同期間中の世帯あたり所得(同、中央値)は約1.5倍増えただけ。親の所得の伸びが追いつかないため、学生は借金に依存し、学生ローンは過去10年で倍以上に膨らんだ。ローン残高は約850億ドル(7兆9000億円)に上る。

 同センターは「この傾向がもう25年間続けば、ほとんどのアメリカ人は大学教育に手が届かなくなる」と警鐘を鳴らした。アメリカン・ドリーム実現の機会確保をうたって大統領に当選したオバマ氏にとっても、大きな課題となりそうだ。

(ニューヨーク=中前博之)



興味深い記事だった。

日本のどこかの大学が、どんなものか具体的にはわからないが、デリバティブに手を出して、
結果大損したなんてことが、つい数週間前にあったな。

私立の学校が、これだけ乱立しているということは、
教育が今や金儲けできるものととらえられていることを意味している。

でも、教育で金儲けできるというのは、
個人的には幻想、もっと言えば、妄想に近いものだと思っている。

教育なんて、超先行投資の部類であって、
教育を受けた人間が(近くも遠くも)将来どうなるか、
それによって社会から、無形の評価なり、産学共同事業なんかで利益が得られるかどうか。

つまり、少なくても1年とかの期間であれば、損を出すのが当たり前で、
その土俵の上で儲けようとしたら、相当なムリか悪さをすることになる。


何が言いたいかというと、
教育にお金をかけない、
要求しない世の中を作らないと、
教育と人間のレベルは、落ちていく一方なのではないか。

2008年2月17日日曜日

知っていることよりも、どんな人になるか

文科省から指導要領の改正案が発表された。
総論と、他はつまみ読みをした程度だが、
国の教育論に接するたびに思い出す言葉がある。

世の教育機関は,わたしたちにある事柄について知りなさい と教えます。
それとは対照的に,イエス・キリストの福音は,わたしたちにある特質を 身に付けた者になりなさい とチャレンジするのです。
In contrast to the institutions of the world, which teach us to know something, the gospel of Jesus Christ challenges us to become something. (Dallin H. Oaks)

この国は、国民にどんな人になるように望んでいるのか?
大人は、子どもにどんな大人に成長して欲しいのか?
そこをもっとはっきりさせらないものかねぇ。