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2010年6月30日水曜日

ボーナス

国家公務員に夏のボーナス=平均57万7500円
6月30日11時7分配信 時事通信

 国家公務員に30日、夏のボーナス(期末・勤勉手当)が支給された。管理職を除く行政職職員(平均35.5歳)の平均支給額は前年夏に比べ約4000円増の約57万7500円となった。特別職の最高額は、首相と最高裁長官の約499万円だが、菅直人首相は今月8日就任のため、鳩山由紀夫前首相に支払われる。菅首相には、副総理兼財務相在任時の閣僚に対する約364万円が支給される。
 支給額はこのほか、衆・参両院議長約457万円、国会議員約273万円、各府省の事務次官約282万円、局長級約214万円。
 国家公務員と同時期に支給される地方公務員のボーナスは、管理職を除く一般職(平均36.4歳)の平均で前年夏比約3800円減の約53万7500円となっている。



気になったのは、首相への賞与。
首相なんて、いってみれば役員じゃないか。(雇われみたいなものとはいえ)
役員への賞与なんて、民間の会社では税金の面から考えても、普通は支給されない。
なんで首相に払うのか、なんで受け取るのか?

従業員の給与・賞与だって、個人や会社としての実績によって上がったり下がったり。
役員報酬や賞与なんて、その影響をもろにすぐに受けるもの。

こんな借金漬けの、巨額の返済を継続的にせざるを得ない、
会社で言えば、膨大な赤字決算を長年続けてる中で。。。

首相もですが、議員のみなさんが自主的な返還してくれるのを願うばかりです。

2010年6月29日火曜日

無効投票のすすめ

各論は見え隠れしているものの、
どうにもどっちの方向へ行くのか、
大きな流れが見えてこない日本の政治。

しかもこんな状況が10年とかそんな期間ずっと続いてる。
そうなってくると、政治・行政組織とその中にいる人たちがぐずぐずになってきて、
一般社会の人たちが元気を失くしていく。
ある意味当然の結果。


そんな時は、わかりやすい意思表示をして、前に進んでいくべし。
その場は来る参議院選挙。

どの人に、どの政党に投票するか決めかねていたら、
投票場に行くのを辞めるのではなく、
そこに行って、ぜひ無効票を投じましょう!!!


候補者の欄には、歴史の中の偉大な政治家や自分の尊敬する人の名前を書き、
政党の欄には、「該当なし」とはっきり書く。


一度政治家をクビにして、政治を白紙にし、頭を冷やして、作り直していこう!という意思表示。

期日前投票でもできます。
賛同してくれる方、ぜひやりましょう!


あと問題は行政の刷新。
これは選挙じゃないから。
でも"腹案"ができてきそうです。
まだ狙い目くらいの段階だけど。
これはまた後日。

2010年6月2日水曜日

結局、自分の腹は痛めないんじゃない??

政権政党の2人の頭が辞めましたね。
一般的なメディアを通して見る限りは、今日になって突然。
昨日までの動きは一体なんだったのか?
在日米軍基地の解決期限を5月末と公言した時から今日まで。
さらにその前の政治資金の問題が発覚した後。
日本の動きを停滞させ、悪化させた印象。

2人はそれぞれのポストを辞めても、
国会議員であることや、その他の立場・状況は何も変わらない。
結局、自分の腹はちっとも痛んでいないだろう。

今辞めて、選挙がいい方向にいくのか?
どこの政党が伸びるかなんてことは、どーでもよくて、
日本の政治・社会がいい方向に進んでいくのか、ということ。

日本の顔がコロコロ短期間で変わる印象の悪さが、
さらに目立ってくることも。


郵政逆戻り改革案が滞ることがよいことくらいか?
ね、亀のつく人と原のつく人!

2010年5月26日水曜日

道州制の現実味

佐賀 武雄市の樋渡市長の意見:
それよりも、僕は、「国→市町村(ただし広域化)」というかたち、あるいは、「国→市町村連合体(広域圏)」というかたちがすっきりすると思う。国はあくまでも、国防、外交など、国でしかできないことを行うべきで、現場の市町村が住民行政を行い、あくまでも、地方議会がその自治の内容を決定するというかたち。

組織を変える目的が、ポストを創出することにあるのであれば、
天下りの受け皿を増やすだけの話で、まったく現実味なし。

もし市町村レベルの地方自治が、交付金など国の助けを不要とするくらい自立できて、
成果を上げていけたら、今ある都道府県は必要なくなるんだろうな。

そしたら住民に対する行政は市町村、
国防・外交・日本国民であることの証明(パスポート・ビザなどの発行)など、
本当に国全体の一致をひつようとする事柄だけを国。
こんなすっきりした、本当の意味での「小さい政府」ができる。
現実実がすごくでてくるのではないか。

教育やら生活保護やら、生活に直結する部分に国が介入してくるのは、
はっきりいってうっとうしい。

そんなのを許してるから、○○財団・△△機構・□□協会なんてのが重複して、
税金を食いつぶすなんてことになるんだ。きっと。

2010年4月24日土曜日

子ども手当て554人分

1人の人が自分の養子のために申請したそうです。

一度にそんな人数の受付はできないという理由で?役所は拒否したようです。

そういうことじゃないだろ?
そもそも何に使って欲しいからばらまいたのかがはっきりしてないから、
こういうことが起こるんだろう。

2010年4月23日金曜日

人はひとりでは何もできない

舛添さん、とうとうやってしまったか。
彼を唯唯頼みにしてることを包み隠さず、とのこと。

でも、1人の人がいくら優秀で、いくら人気があっても、
独りじゃ何もできない。殊に組織を動かすには。

あのヒトラーだって、独りですべてを考え実行していたわけではない。
考えを同じくした仲間がいたし、民衆の支持を得ていたから、
あれだけのことを実行できた。

考えの違いをとりあえず隠して、一緒に歩いていきます。
頼みにしてますのでお願いします、なんて実行力のある組織になるとは思えない。


他の人たちも、政党なんて枠ばかりいくつも作ってしまって、
一体どっちの方に行こうとしているのかねぇ。。。

<参考>
ナチ・エリート―第三帝国の権力構造 (中公新書 446)

2010年4月1日木曜日

貯金限度額引き上げは何の為?

1000万円から2000万円に貯金限度額を引き上げる決定をしたらしい。

これは一体何の為なんですか?

特に地方の、田舎の郵便局への依存具合を、全く見切れてない。
郵便局にお金を預けておけば安心、安心と思い込んでいる人の未だに多いこと。
限度額を引き上げれば、そっちに流れていくことはほぼ確実。
そうなったら、国債の購入にしかお金を出さない郵便局の資金が溜まる一方で、
民間ではお金が回らない。
景気が悪い、回復させることが必要といいながら、
与党は一体何がしたいのか?どこに顔を向けて動いているのか?

極度にお金が流れたらどうするかに対する、首相の言い草。
「また肥大化みたいな話になれば考えていく」との認識を示した。その上で「地域金融機関と(双方が利益を得る)ウィン・ウィンの関係をどうつくり上げるかだが、決してできないことではない」と語り、民業を圧迫しないための方策を検討する考えを示した。
前もって可能性を掴もうとしてないし、先に対策を考えてもない雰囲気。大丈夫か?

景気の回復の為には、当初のマニュフェスト通り、貯金限度額は引き下げるべき。
郵貯資金を増やすことは、さらに赤字国債の発行を狙ってる印象しか与えないのではないか。

2009年6月25日木曜日

全ての議員を一度落選させてみたらどうか

麻生首相談「解散の時期は言えないが、そう遠くない日だ。」

すでに予定されている7月2週目の都議会選。
そして、どういう感じで割り込んでくるのか、未だにはっきりしない、
解散させてからの衆議院選。

前にも書いたかもしれないし、
かねがね思っていることだが、
本当に支持できる候補者がいないなら、
(ほとんどの有権者がいないんじゃないかという推測しているが)
無記入、もしくは尊敬する人の名前を書いた無効票で、
投票してみてはどうか。


ベテランの議員は、自分の当選を当たり前の如く語り、
自分の党が勝つことだけを考えている。
そういう議論の、どこに日本という国としての国益があるのか。

そんな風にしか考えれない、行動できない人たちは、
有権者の権利として、一度落選、一般的にいえば解雇してやったらどうか。
頭を冷やしてあげて、一度冷静になってから、
もう1回選挙をさせる、という流れはどうか?


今日見たTVニュースでは、
かなりモノをはっきり言う知事が増えてきているようだ。
とてもうれしいこと。
そのまんまさんはどうかまだ正体がわからないけど、
直接の生活の場である地方が基盤となり、出発点となって、
日本が変わっていこうとすることは、本来あるべき姿でもある。

一般企業も、役人組織も、のほほんとしていられなくなっているの確かだ。

2009年2月7日土曜日

政治家の居眠り -司馬遼太郎『翔ぶが如く』6巻より-

明治8年6月に開かれた地方官会議。
ここの地方官とは、今の都道府県知事に当たる人を全員集めて、
これからの地方の統治と、政治を任す議員を民選するかを、どうしましょう?と、
明治政府が自分たちで就任させた知事に話し合わせる会議だったようだ。

近代国家として一人前になろうとする過程というか、もがきとして、
興味深い段階と思う。

しかし、形式もさることながら、その話し合われ、決定された内容も、
それほどの重みを持たせることはできなかったようだ。
司馬さんも書いているように、

「会議で物事を決めるということ自体への積極的な軽侮感が、ほとんどの者にあったであろう。」(19頁)

つまり、江戸時代だけでも300年ほど、それまでのお上と下々の社会的な関係できた人々にとって、
目的をもって、話し合って、物事を決めて実行していくことは、
ことのほか違和感があり、簡単にできることではなかったんだろう。

しかしながら、100年以上たった今日を振り返ってみると、
成熟を感じられるか。。。正直なところ???


孫引きながら、

「大方は軽侮怠慢の体を顕し、議事最中、居眠りをするものもあり、鼾(いびき)をかく者もあり、欠伸(あくび)をする者もあり」(青森県参事 塩谷良翰(しおのや りょうかん)の回顧録)

いまどきの様子を加えるとすれば、「議場でまんがを読んでいるものもあり、勝手に欠席するものもあり」・・・・・というところか。。。

2008年2月8日金曜日

2月7日は「北方領土の日」

だったんだそうな。
新聞に載っていた広告には
「日本固有の領土である」云々とある。
この言い方は通常のもので、
そんなに取り立てる人もいないんだろうが。。。

でも、私はいつも違和感を感じる。
特に北方領土に関しては、それほど勉強したワケではないが、
国の領土なんて大昔から捕ったり捕られたりしたもので、
"固有"、つまり元々どこかの国のモノだったなんてことは、
全くといってないはず。

つまり、自然発生的にあるものでは決してなく、
人間が勝手に線を引っ張ろうとしているだけのもの。

だから、宣伝するとしたら、
「○○○○年に~によって領有した□□は、
わが国の領土であると主張します!」と
事実を述べてほしい。
まーキャッチコピーにはならんだろう。。。