やっとの思いでというのは、1冊の本ごとき格好わるいが、
空海の風景〈上〉 (中公文庫) 司馬 遼太郎を読み終えた。
いちばん興味深い場面が最後のところに出てきた。
空海が大変な苦労をして唐の都までたどり着いたのは、
密教を体系として体得し、必要な書籍・物品を入手することが目的だった。
それただ1つ。
そのために、正統の後継者につながりを持ったり、物品を探したり発注したり、
というのが、滞在中の彼の行動だった。
後継者というのは当時の中国人、商人の多くも漢民族が多かっただろうが、
しかしそれだけはなかったと思われる。
推定によると100万人の大都市だったようだ。人もモノも大いに動いている都市だっただろう。
となれば、民族も文化も宗教も多様化してくるのが当然の流れ。
さらには、この全盛期に近かった唐の統治者は、長者の雰囲気をまとうように、
入ってくるものは拒まずという姿勢だったようだ。
空海の関心の中心は宗教。それも例外ではなかった。
あてがわれた宿舎はもちろん仏教の寺院。その中での人脈が最も大きく、重要だったのは間違いないだろうが、境内を一歩でれば、とても狭い範囲でも様々な宗教関係の建物があったようだ。
当然、中国のこと、儒教や道教関係のものがおおかったであろう。
それ以外にも、祆教すなはちゾロアスター教・マニ教。
それから景教と呼ばれていたキリスト教ネストリウス派。
発祥をインドに発するものを目的とした空海である。
中国、漢民族の範疇だけではコトは済まない。
翻訳やら何やらいろいろな、少なからず接点を持つ機会もあっただろう。
彼は異文化・異なる宗教に接したとき、どう感じたか、どう理解したか、どういう態度だったか、たいへん興味深い。
あっ、まだ下巻、400頁分こちらにとっても旅が残ってた。。。
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