落語の中で歌舞伎の忠臣蔵の話がよく出てくる。
ゴシップ的な人物挿話などには興味がないが、
江戸時代の人々の気持ちと思考にとても強い衝撃を与えた出来事だったことはとても伝わってくる。
司馬遼太郎『風神の門』から
「・・・・・千代田城内の礼儀作法は、輸入によってまかなわれたのである。
城中における大名旗本の作法は、前時代の足利幕府の法をとり、その指南役として、足利家の子孫が、ただ子孫であるというだけの理由で、旗本にとりたてられた。こういう儀典係の旗本を、高家(こうけ)とよぶ。のちに、浅野内匠頭といざこざをおこした吉良上野介吉央(きらこうずけのすけよしなか)の家は、その「高家」の一つである。」(上巻146頁)
感情的な話になるんだろうが、
そもそも形を整えるだけの役割を担っていた吉良上野介の戯言に、
浅野内匠頭は刀を抜かされたのか、と考えてしまった。
そういう意味でも、大石内蔵助を始め浅野家の家臣たちはやるせなかったんじゃないか。
風神の門 (上) (新潮文庫)
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