2008年1月30日水曜日

さみしい人たち

ちょっとブックオフに立ち寄ったら、
カウンターのところで、
60才からみのおじさんと店員がカウンター越しに語り合っていた。

というよりむしろ、おじさんがほぼ一方的にまくしたてていた。
店員は無表情。でありながら、いつ終わるか、どうやって話を切ろうか、
という気持ちがありあり感じられた。


こういう場面をたまに見かける。

似たようなことが、自分の仕事の中でもある。
どちらかというと、高齢のお客さんのところで多い。
こちらの反応を気にするでもなく、
何を求めるでもなく、話し続けられる。

伴侶や家族、気のあった仲間に先に逝かれて、
もしくは、近所や人とのつながりに不満が積もって、
とても強がっている風にも見えるが、
とにかくにさみしそうにしか感じられない人たち。


仕事のロールプレイで、
無表情の人に向かって、とりあえず話しかけ続けるというのをやったことがある。
特に表情や反応を見ながら話を組み立てていく自分には、
とてもつらい練習だった。

でも、東京なんかの人口が密集しているところでは、
これに似たようなことが、ごく日常の中で起こっている。
例えば、満員電車。
こんなに体は接近しているのに、まったく関心もコミュニケーションもない。

田舎のように、
周りの人すべてと何らかの関係を持つというのは、
物理的に、というか気持ち的にムリだが、
せめて、相手の反応なんておかまいなしに、
たださみしさを紛らわすような接し方は、
どんな状況になろうとしないようにしよう。

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