2009年9月7日月曜日

効果的な言語学習法

アメリカ留学中の中国人が最も優秀な部類らしい。で、彼らの英語の習得がすごいらしい。(スピード?発音?)
これは、とある小学校教師である知り合いからのネタ。

では、彼らの勉強方法は…ハリウッド映画を、英語のテロップを流しながら繰り返し見るというもの。

おととい土曜に聞いたので、昨日の日曜に早速やってみた。
どちらかというと、英語を文字で勉強してきたし、文字という形でわかりやすい。「あ〜こう言ってたのね」と。

他の言語も同じようにできないかなとも。
インターネットの動画があるからできそうな。

2009年9月4日金曜日

バイリンガルの子を持つ親の悩み

親子ともに台湾語と日本語を話せる家庭での出来事。
ある日、母親は台湾語で叱った。
その状況をいなそうとした子 が発した言葉は、

「流暢な台湾語で怒るんですねぇ〜。」


バイリンガルが見事に逃げ道になっている。

2009年9月3日木曜日

消費だけで産み出してない




現在のサラリーマンは、江戸時代の武士階級にいろんな点で似ている。
1つは、消費するだけで、産み出すことをしない、ということ。

山本一力さんの『銀しゃり』236~7頁から


「わしら武家は、世のためになる物は、なにひとつ拵えてはおらぬ。ただただ飯を食らい、カネで物を購(あがな)うのみだ」
・・・・・
[神社と合わせて江戸の土地を8割近くも使っていた]武家は・・・・・なにひとつ物をつくり出してはいなかった。武家の様式を守りながら、ただ物を消費するだけである。



気づいて行動に移しているサラリーマンだって結構いるだろうけど、
いろいろな会社員や、その奥さんに会って話してみると、
「消費だけで産み出してない」という印象を持ってしまう。

産み出せるように、自身を鍛えて磨いて、技術も身に付けていこう!
という思いだけはあるサラリーマンでした。

2009年8月31日月曜日

公務員のみなさん、意識していますか?

地方自治法 第2条14項
地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、住民の福祉の推進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。


これって、政治家を含めた公務員の方々、覚えてるのか?
(国家公務員・各省庁にも当てはまってほしいものだ。)
そこまでいかずとも、一度二度目にしたことあるのか?と思って。

「住民の福祉」はまーともかく、
「最少の経費で最大の効果」を法律は求めている。

何と言ったって、国民・住民が稼ぎ出したものの一部を巻き上げたものが税金なんだから。
自分たちでは、少なくとも何も産み出してないことを、意識しないと。
(それはサラリーマンにも一部あてはまるけどね。生産なしで、消費のみ)

この条文を入れた人たちに称賛を送りたい。
法律の勉強してよかった。

2009年8月29日土曜日

『もりのてがみ』



図書館で借りてきた中に、なかなかのもの発見。

自然の楽しさ・美しさと、同時に厳しさを教えてくれる。


福音館書店てなかなか骨のある絵本を出してくるよね。
いちばん有名なのは『ぐりとぐら』あたり。
人生を学べる絵本は、こどもにも、親にもいいものです。

2009年8月25日火曜日

プライベートブランド

事務所から駅までの最短の道は、現在建築中で、江戸市中にあった大木戸のように、午後8時に閉まってしまう。
今日はギリギリ間に合ったので、気分いい〜。

さて、写真はセブンイレブンで売られている「やさしいフルーツオレ」。価格も98円。味もさっぱりで、グビッといけちゃう。
たぶん材料に「砂糖」が使われてないからと思う。

いはゆるプライベート ブランド、PBというヤツです。
セブンはもともとこのやり方うまかったんだよね。

2009年8月23日日曜日

海よ、おまえと結婚する

気が多いな。まだ『ローマ人の物語』も前半なのに。本屋で見つけて、思わず読みはじめてしまった。

実に千年の間、国を築いて、維持していったウ゛ェネツィア。いはゆる第一次産業、生産分野を持たず、貿易だけで国を運営していった。

国を挙げての方針が、外からの脅威や、土地の制限があったにせよ、立ち上がりら、途中の問題に対する対応まで、しっかり活きていたんだろう。

その方針をよく表しているのが、"海との結婚"。この「契約関係」による運営。

これから国の行き先を決める一週間になるだろう。自分にできることをしっかりやろう。

2009年8月21日金曜日

空広い、東京の風景

永代橋を渡っていたら、思わず足を止めて見入った。
ビルの中をずっと歩いて来て、いきなり空が広がった。

高層ビルが立つ前の江戸・東京の空は、こんなだったのか…と、やけに恋しくなるような思い。

2009年8月9日日曜日

葉加瀬太郎






帰ってきてTVを付けたら、BSフジで2007年のLIVEがやっていて、
思わず見入ってしまった。

この人とその仲間たち、すごいね。
基盤はCLASSICなんだろうけど、
ジャンルなんて関係ないというか、
音楽が好きで、音楽を楽しみたいんだろうな。

チェロのソロの時の海老反りもびっくりしたけど、
問題はこの人、啼鵬。
VIOLAをやっていたと思ったら、それだけじゃなくて、CL、KEYBOARDS、PERC、極めつけはBANDNEON!
こんなMULTIさ、あるか!?

BORN TO SMILE はいい曲だったな。


アルバムWalking with Youは図書館で借りて聞いたことあったけど、
このLIVEの前に出されたSONGSも聞いておきたいものだ。

⇒参考ブログ

夏休み終わりかけ

今年の夏休みは、比重的に八割くらい山梨だった。

ちなみに残り二割八分は、東京での野球イースタンリーグ観戦と、夜中0時からの誕生日パーティ。この2つは家族ぐるみの友人の協力による。ありがたいことだ。
そして、最期の二分は、この一人の時間。各駅停車での八王子帰還中。。。

今年は冷夏だそうで、とても実感できる山梨だった。湿度も温度はさほどでなく。
いろんな人から刺激と励ましをもらった休暇だった。
一人は、今年注文住宅を建てた、一つ年上のいとこ。単に、戸建てがほしくなったとかでなく、家を構えて、整える取り組みがいいなと思って。

もう一人は、10年ぶりにアメリカから帰ってきて、家族にとって一番いい条件の転職をした知人。残業がないなど、奥さんは喜んでいるらしい。

そして、最期に、自分の一番下の妹。病気で衰えを見せる母親に代わって、うちの中を切り盛りしてくれている。それだけでなく、自身の目標とする職業に向かって進んでもいる。

さて、次の区切りは9月の連休かな。仕事の目標と資格の勉強にいそしみます。
(写真は、山梨の山々。実家などではない。)

2009年8月7日金曜日

夏休み

今年の夏休みは8月6〜9日の4日間にした。

で、昨日1日目、昼過ぎまで家で子供と遊んだり、午後以降泊まりに行く準備。
3歳半を過ぎた娘と、最近サシで遊べるようになってきた。
LEGOで写真のものを作ってあげたら、娘は悔しかったみたいで、すぐに壊されて、自分の製作に向かってた。
そんな間柄でいいと思ってます。

2009年8月1日土曜日

形にすること

7月終わり。
いろいろなちょっとしたことで悩んだりした前半。
そして、なんとか形になった後半。

悩んでいる時こそ、ブログなんかも利用して、
OUTPUTできたらよかったのかもしれないけど、
実際の更新は今日までズルズルきてしまった。


なんとか形にすること、
わかりやすい形で周りの人に示すことは、
本当に大切だなと思う。

形にすることも、
そこに至る過程をわかりやすくすることも、
どっちかというと苦手なので、
これからも続く課題だけど。

仕事でも、教会でも、そして家庭でも、
目標を決めて、
それに向かって前進・上昇しようとし続けることの大切さを学んでいる、
2009年冬~夏だな。

2009年7月11日土曜日

のむさんの奉仕



さすがのむさん、やることやってる。

いつもはニヒルというか、ぼやいている姿しか見えてこないけど、
自分の立場を最大限に活かした、こういう働きをする人なんだなと。


いい記事なので、河北新報から全文掲載。

車いすから勇気の一球 難病の女性、Kスタで始球式(2009年07月09日木曜日)

始球式をおぜん立てした野村監督(19)に向かってボールを投げる沼田さん(右)。中央奥は田中投手。打者は西岡選手


 難病の筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症(ALS)のため車いす生活を送っている仙台市若林区の会社員沼田早苗さん(24)が8日、宮城野区のクリネックススタジアム宮城(Kスタ宮城)で行われたプロ野球東北楽天ゴールデンイーグルス―ロッテ戦で、始球式に臨んだ。捕手は野村克也監督が務め、沼田さんは「感激。一生の思い出になった」と喜んだ。

 沼田さんがファンだという田中将大投手が、車いすを押してマウンド近くまでエスコート。ロッテの西岡剛選手に対して投じたボールは本塁上を転がり、野村監督のミットに収まった。

 障害のある人に勇気を与えたいと始球式に挑戦した沼田さんは「多くの人に見てもらえた」と満足そう。野村監督からは「届いて良かったね」と声を掛けられたという。

 野村監督が車いすを押す予定だったが、監督が練習を終え帰宅予定の田中投手をベンチで呼び止め、「協力してくれ」と依頼した。田中投手は「多くの選手がいる中で、僕のファンだと聞いた。一層頑張らなければいけない」と語った。

 沼田さんは三越仙台店(青葉区)の宝飾店に勤務。同店でスーツを仕立てている野村監督が楽天野球団に始球式登板を打診し、実現した。

 ALSは全身の筋肉が動かなくなる病気。沼田さんは4年ほど前から、車いす生活を送っている。この日は10月に結婚予定の自営業遠藤元基さん(26)=泉区=らと球場を訪れた。

2009年7月7日火曜日

ken's bar




こりゃすごいの見つけてしまった。
もう10年くらいやっている企画らしいから、
とっくに当たり前の域なんだろうけど、
自分的には聞き込めるアルバムが見つかった喜びでいっぱいです。

雰囲気だけでいうと、
UNPLUGGED と BANKBANDのBGM、両方の要素を同居させてる感じ。
作りはとてもsimpleなんだけど、
でも響くねぇ、広がるねぇ。

2009年7月1日水曜日

七夕ちかし

八王子駅前の風景。

直径10cmかもう少し大きいくらいの竹の輪切りで、片側に折り紙が張り付けてある。
その折り紙のところに、願い事を書いてください、という意味で、ひもでマーカーがぶら下げてあって。

なかなか八王子にしては、粋な企てだなと思ってパチリっ。
つくづく、もう一年の半分が過ぎてしまい。いやーこうして生きている時間、うかうかしてられない。

2009年6月29日月曜日

誕生日プレゼント

うちの嫁さんの誕生日に、うちの両親から贈ってくれた。

誤解のないように。
正直なところ、うちの一族は決してマメではない。その辺、こと記念日に関してとても淡泊というか、愛情は感じられないというか。自分自身、それをよしとしているところもある。

今回のプレゼントは驚いたのと、きれいだったのとで、写真を撮ってしまった。

ところで、この花、「花キューピッド」というネットワークで送られてきた。
注文を受けてくれた方の花屋さんから聞いた話では、このシステムでは、受けた方のの儲けにはならないらしい。
地元で、けっこう古い付き合いの花屋さんだから、ウソはないだろうけど、本当のことなら、サンケイグループかなり厳しいことやるなな…。

2009年6月25日木曜日

全ての議員を一度落選させてみたらどうか

麻生首相談「解散の時期は言えないが、そう遠くない日だ。」

すでに予定されている7月2週目の都議会選。
そして、どういう感じで割り込んでくるのか、未だにはっきりしない、
解散させてからの衆議院選。

前にも書いたかもしれないし、
かねがね思っていることだが、
本当に支持できる候補者がいないなら、
(ほとんどの有権者がいないんじゃないかという推測しているが)
無記入、もしくは尊敬する人の名前を書いた無効票で、
投票してみてはどうか。


ベテランの議員は、自分の当選を当たり前の如く語り、
自分の党が勝つことだけを考えている。
そういう議論の、どこに日本という国としての国益があるのか。

そんな風にしか考えれない、行動できない人たちは、
有権者の権利として、一度落選、一般的にいえば解雇してやったらどうか。
頭を冷やしてあげて、一度冷静になってから、
もう1回選挙をさせる、という流れはどうか?


今日見たTVニュースでは、
かなりモノをはっきり言う知事が増えてきているようだ。
とてもうれしいこと。
そのまんまさんはどうかまだ正体がわからないけど、
直接の生活の場である地方が基盤となり、出発点となって、
日本が変わっていこうとすることは、本来あるべき姿でもある。

一般企業も、役人組織も、のほほんとしていられなくなっているの確かだ。

2009年6月24日水曜日

フジポッド文庫

このフジポッド文庫、けっこうよさそう。
フジTVのアナウンサーが短編物語を読んでくれていて、i-podなどに入れておけばどこででも聞ける。
まだ1つしか聞いてないけど、なかなか粋なことやるな~という感じです。

今日聞いたのは、2009年4月29日 (水)分 『水仙月の四日』宮沢 賢治。
武田 祐子アナウンサーが読んでくれている。
まさに宮沢賢治の世界、どっぷり。

武田さんて幅広いなぁとかねがね思っていた。
TV番組「もしもツアーズ」のナレーションを聞くと、
この人、本当に社員アナウンサー??と思えるような声。
でも、こういう朗読もできるんだ、と発見だった。
あまり顔を出すタイプではないんだろうけど、
そういうアナウンサーもありでしょう。
声と話しで真っ向勝負はすばらしい。

2009年6月20日土曜日

『週末起業』 (著)石井孝一 ちくま新書




いまどきのサラリーマンみんな読んでおいたほうがいいかも。

理由としては2つ。

1.いわゆる「終身雇用」、つまり収入や人生そのものを全て、会社に頼れる時代ではなくなったこと。
 (この「終身雇用」、日本的とよく言われる。でも実は、第2次大戦後のたかだか数十年の慣習・仕組み。有史以来それくらいの期間だけのもの。ここが見落とされている気がする。)
 早期退職・リストラを迫られるかもしれないし、会社の存在そのものどうなるか。。。

2.同じく関連して、定年退職した後の収入(年金)と時間の使い方。
そして、長寿社会ならではの、長生きリスク。
つまり、長生きするほど、病気が治るほど、お金がかかる状況。
この辺を社会的な保障(公的年金)にだけ頼れなくなっていること。


ということは、早い話、自分でなんとかならないといけないということ。

それがどういう方法かは、それぞれだろうけど。


表題の本で、とてもいいなと思ったのは、
(56頁)「週末起業で家族・・・・・との絆を深める人もいます。・・・・・[夫婦・子供みんなが関わって、役割を果たすこと]により夫婦の会話も増え、さらに以前よりお互いの趣味への理解も深まったといいます。」

その後続くように、サラリーマンだけをずっとやっていたら、
夫・父親の働く姿を、奥さんや子供たちは見る機会がほとんどない。
これは実は悲しいこと。
まさに「サラリーを持ってくるだけの人」。

自分で生み出したい、という思いがたしかにある。
でも、藤井さんも言っているように、
決してムリしない。
でも、サラリーマンの安定性に感謝しながら、
確実に考え、できることから動く。

さて、もう週末。どこから手をつけるか。。。


参考⇒ 藤井孝一氏
週末起業フォーラム

2009年6月17日水曜日

伝統の飴

この飴って有名なのだろうか?
たぶん、嫁さんの実家から、お義母さんが送ってくれる包みの中に、毎回のように入っていて、それが出会いだった。

バターと生クリームの、最高のコンビネーション!

今日コンビニAMPMで見つけて、叫びそうになった。あぶない、あぶない。

ドイツ発のようで、さすか職人肌!

参考⇒werther's original

健康診断

今日は年1回の健康診断だった。

とうとう?身長が165CMの大台に!!!
って、32で伸びるワケなし。


最後の内診の時に、せっかくの機会だったので、
お医者さんにちょっと聞いてみた。

足がしびれやすいんです。
正座はもちろん、アグラをかいていても、
足がしびれてくるんです。

「あぁそうですか」といって、
足の甲の、たぶん血管を少し触ってみて、
「あぐらでしびれるのはあまりないことですね。
骨盤の形なんかでそういうことがあるかもしれません」とのこと。

血管に支障があれば、
歩いていても、突然しびれることがあるらしい。
なるほど、自分の場合そこまでじゃない。


まーおそらく、今年も健康優良体で済むでしょう。
たぶん。

2009年6月13日土曜日

固定費の削減

固定費というと、それこそ固いけど。
つまり、月々払うことが決まっている費用・出費のこと。

自分にとって固定費だったのは、朝メシ。
小さいことかもしれないけど、意外と大きかった。
1日だいたい2~300円。
でも、出勤日20日を掛けると4~6000円。

この2ヶ月くらい、これをほぼ2~3割くらいまで落とすことができている。

どうやってできたかというと、
うちの奥さんが朝ごはんを用意してくれて、
それを食べる時間を取っているから。
今までやってなかっただけ??

奥さんに感謝、感謝。

そして、固定費の削減・軽減は、家計やお金のやりくりをうまくする1つの大事な方法。

2009年6月11日木曜日

NWA

駅の看板広告で、ぐっと心を捕まれたもの。この写真ではいまいち伝わらないか…。
今のところ飛行機に乗るのは、年に一度あるかどうかだけど、次に国際線乗る時はNWA選んでしまいそう。

2009年6月10日水曜日

司馬遼太郎『ペルシャの幻術師』



とても初々しい印象。
司馬遼さんのデビュー作、という予備知識でフィルターがかかっているからか?

でも、これからバリバリ書くぞ!という意気込みは十分伝わってくる。
これはきっと予備知識フィルターのせい。

モンゴル軍の時代背景を選ぶところは、
蒙古語科専攻という得意分野を活かしてるねぇ。
バリバリ予備知識フィルター。。。


でも、この人はやっぱり、記録なんじゃないかと思わせる超長編がおもしろい。


参考リンク⇒ amazon
偶然みつけたブログ

2009年6月6日土曜日

ファーストフード店での風景

杉並あたりのファーストフード店で、けっこう見かける風景は、
外国語を学ぶおじちゃん・おばちゃん。
英語が多いが、今日は韓国語だった。
その言語を母語とする先生を囲んで、まとまった時間占拠している。

そんな場での傾向。
1.日本語で説明を加えてくれるように求めている。発音やら文法やら考え方。

2.先生に日本語や日本文化を教えてようとしている。
彼らも若い人が多くて、留学生なんかもいるだろうから、むしろ学びたい気持ちもあるのかもしれないが、年かさを前面に発揮して、日本語で説明していたら、何の為の時間だか。

3.例えばといって、フレーズを使う機会を、色恋沙汰の場面にしている。50歳台以上の方々が、いろいろ苦労を終えて、余裕ができて、もう一度青春を楽しみたい気持ちの表れか??


単なる批判の記事になってしまいそうで、
しかも自分でまともに話せる異言語もないから、まったく説得力がないけど、
おそらく、あんなやり方ではいくらお金と時間をかけようと、
話せるようにはならないだろう。
それは、外国語を日本語で考えて学ぼうとしている。
別の言い方をすると、外国語をすべて、少なくとも1度は日本語に変換して聞いたり話そうとしているから。
人間が言語を使って、考えや気持ちを表現する、特に日常的な話のスピードをなめてる。

そう考えると、日本にいながら言語習得しようとして、
効果的だと思えるのは、

BERLITZ: 1つの表現を徹底的に反復して、覚えさせるやり方をしている。

GABA: これは未経験だけど、すべてのレッスンが外国人講師1人対日本人生徒1人らしいね。

あたりかな。他をあまり知らないけど。


あとは、旅行と言うより、ホームステイするくらいの気持ちで住んでみることが、
言葉を覚える最適な方法なんだろう。
とはいえ、言語はあくまで自分の考えや気持ちを表現する手段であって、
言語を覚えることが目的では決してない。

だから、日常会話レベルで得意・不得意なんてものは、
人付き合いが上手か下手か以外、存在しない。でしょ?

2009年6月4日木曜日

AMラジオ

ラジオを最近聞くようになった。いや、時間を見つけて聞こうとしている。

きっかけは、「安住紳一郎の日曜天国」という番組をpodcasting 。本放送は日曜朝10〜12時、毎週空いてない、個人的に非常に間の悪い時間帯。くるしい…。

で、聞くようになって気づいたこと。
FMに比べて、広範囲に飛ばせる電波の利点と引き換えに、音質がよくないのは前から知っていた。
実際、うちのCDプレイヤーを兼ねるラジオもあまりうまく954khzを捕まえられない。
スビーカー近くだと雑音がかなり激しいのは確かなのだが、少し離れて、うちの場合ならリビングから隣りの和室に行ってみると、あらっ?けっこうクリアになって、雑音も気にならない。常識かもしれないが、大発見だった。

媒体が音だけの分好き勝手で、下品でくだらない内容の放送もあるだろうが、TVより、理解するために頭を使わされる感じが いい。

2009年6月3日水曜日

ドラマの警察モノ

昨日気づいたことなんだけど、
最近のドラマで、警察モノが多くないですか?
霞ヶ関?にある警視庁の上空からの画像がやけに映し出されるなと。

で、さらに、犯人役になる役者というのが、
顔からして人相が悪くて、人を殺しそうという人でなく、
容姿端麗で、映画などで主役や準主役を張ってそうな人。
こんなパターンが多い。

ひとつには、奇をてらうというか、視聴者にあっと言わせる演出なんだろうけど。

もうひとつは、今の世相を顕しているのかな。
一見普通の人が犯罪を起こす。
内に秘めた欲望や鬱積が、人を殺めるという形で、
周りからすれば兆しも前触れも無しに起こる。


ある芸人の話の中で、
「昔は罪を犯すのは10人に1人だった。
でも今は4人に1人。
右を見て、左を見て、前を見て、
この人たちは大丈夫だなと思ったら、
自分が危ないと思わないといけない」と聞いた。

昔ってどの時代を指すのか定かでないが、
真実を言い当てているかもしれない。


BOSS
ハンチョウ
mr.brain
キイナ

2009年6月2日火曜日

切実

とあるコンビニのトイレにあった貼り紙。

店主や店員にとって、そういう事態はあまりないだろうが、素晴らしい感情移入ぶり。

実際にこんな苦情があったのか??だとしたら、いろんな意味で修羅場だったんだろう。

2009年6月1日月曜日

露骨すぎる…



世田谷を歩いていて、思わず知らず目を止めてしまったコーンポール。

余程イヤな目に会ったのか、はたまた本当にぬジンプン被害に遭ったのか。やっぱり露骨過ぎる感が否めない。

レミオロメン

最近ハマったのが、レミオロメン。
なんとなくの比較で、ベスト盤を聞き比べて、コブクロより、アルバムで聞けるバンドかなと。
とはいえ、まだお手軽ベスト盤しか聞いてない。孫引きみたいな比較ですが。

でも!なんか水があったというか。山に全部囲まれた閉塞感たっぷりの、山梨特有の、モノを斜めから見た感じというか、マイナスに捉える感じ、でも前向き。この前向きがあるから聞けるんだ!

「3月9日」の二番の歌詞なんて、山梨の冬そのまま、うまく書いたな。

まだ若いからね。がんばれー!

2009年5月27日水曜日

"癒し"よりも。。。

自分にとって必要なもの、と考えてみると、
"癒し"はもちろん欲しい時はあるけど。

でもやっぱり本当に必要なものは、
"癒し"より"励まし"だな、と思い当たった。

とりあえず、家族もいて、仕事もあって、住宅ローンも抱えていて、
衣食住がほぼ不足なく、安全があって、
体調を崩す時もあるけど、基本的には五体満足で。
こういう状態だからそう思ったのかもしれないけど。

でも、どんな状況だろうと、時間は進んでいくし、
何も憂いがなくなるなんて人生はありえないんだから、
前に進むなら、自動式歩道に乗って、ただ体だけが移動していくんじゃなく、
自分で歩いて、時には走って、ペースを作っていく方が楽しい。



こんな風に考えれるのは、
最近毎日届く「元気メール」のおかげかもしれない。
ある友人が本当に毎日、週7日、この2週間くらい送り続けてくれている。

ちなみに今日のは
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わずかな差が

すべての差

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今まででお気に入りは、

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可能性より決意

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すばらしいね。元気をもらってます。

2009年5月26日火曜日

どうしても後追いになる規制

中大教授殺害事件のこと。

キャンパスは違えども、
同じ大学に行っていた者として、
どうしたってショックな出来事。
自分は"危ない卒業生"になってないか???

さて、こういう公共の場での事件で、報道されることの中に、
今後のどんな規制をしていったらいいか、という話が差し込まれる。
どこかのニュースでも、キャスターと解説者の間でやりとりしてた。

事件がある程度収束したり、解決をみると、
実際に何かしらの規制が、今までのものに上乗せされることがしばしば。

もちろん、そういう方法が効果的だったり、必要になることはあるだろう。

でも、「こんな危ないことが起こってしまったから、同じことは起きないように、
禁止しましょう」では、単なる後追いにしかならないことも、多いのは確か。

わかりやすいのは、交通事故がある場所で起こると、そこには信号機がおっ立つ。
これは果たして効果的なのか???
危ない場所、本来必要な場所を、前もって探る努力はされていなければ、
やっぱり後追いになってしまう。

この事件では、
「部外者が構内や建物に入るのを禁止できないものでしょうか?」
という議論は意味がない。
たとえ小学校などで警備員を立たせるなど、そういうことができたとしても、
あれだけ年齢や立場が様々な場所で、人の出入りを制限することはほぼ不可能なことは、
だれでもわかるだろう。

せいぜいイデオロギー的になんかやった人を、
正門に名指しで張り紙して、「この者の立ち入りを禁ずる」くらいのもの。



やっぱり善悪や規範的な人間の基礎を、親子や仲間うちで固く作って、
底を上げていくより他に、特別な方法はないんだろう。

2009年5月15日金曜日

山本周五郎『深川安楽亭』

周五郎さんは今まで手に付きそうで、付けちゃいけないような、
付けようとしないような、よくわからない。

数ある名作でなく、wikipediaの欄の作品コーナーにも出てないものに手を付けてしまった。

ごめん、まだ早かった。
もう少し自分をしっかりさせてから、もう一度お付き合いさせてください。
お願いします。

とても哲学的な雰囲気の歴史物語だなと。
司馬遼さんもある意味哲学的と思うけど、
別種で、直接哲学的なところに入っていく感じ。
しかも、流れをつかむまでの構成が複雑だった。
力のなさを実感しました。乾杯です。

でも、タイトルと同名の短編は、人生の深い部分を感じられた。
周五郎好きの気持ちをほんのちょっと味わえた。

2009年5月14日木曜日

批判の矛先

【お決まり批判も矛先一人に】


 イチローについてはさらに過激な意見もある。米大手ネットワークCBS(9日付)は、「マリナーズはイチローが打線にいない方がいいチームだ」などと報じた。


 今季マリナーズは開幕から6勝2敗で首位として好スタートを切ったが、胃潰瘍で出遅れたイチローが復帰してから10勝14敗と負け越している。例年だと5月には負けがこみ、球宴前に事実上のシーズンが終わる戦いを続けている。


 「イチローは大リーグの中でもケタ外れの選手だ。しかし、イチローが合流すると開幕後の戦いぶりがグチャグチャになった。若手が力を出せなくなり、投手たちにも影響が出ている。マリナーズは今季から勝利への工夫をしてきたが、イチローが戻った途端、すべて消失してしまった。イチローがシアトルに来てからチームがよかったのは最初の年だけだ」(CBS)


 この手の選手批判は近年、マリナーズが不調になる度にお決まりのように巻き起こっているものだが、年々その矛先はイチロー一人に向き始めている。今年こそは地元ファンを喜ばせる戦いをしないと、さらにその矛先は鋭さを増し、シアトルのスーパースターですらかわしきれなくなる可能性もある。



イチローかわいそうに。。。という感想はない。
プロスポーツに対するジャーナリストとファンの態度には、
かねがね問題ありだと思っている。

スポーツは、本当は自分で体を動かしてやるもの。
ただTVやスポーツ紙を通してだけ、あーでもない、こーでもない言って、
うさばらしをしている、「趣味:スポーツ観戦」は少しも生産性や成長がないなと思う。

実際、甲子園球場で阪神側のスタンドで、阪神VS巨人を見に行った時の、
観客の罵詈雑言には、本当にがっかりした。ただあの人たちは悪口を言いたいだけなんだ。

この記事に関しては、イチローは自分が目立っている(いろんな意味で)のはわかっているだろうし、
その結果としてこんな批判が出てくるのは当然としてるだろう。決して快くはないだろうが。

2009年5月13日水曜日

歯が…

左上いちばん奥の歯が、かけた。
ついさきほど、駅までの道で、ガムを噛んでいた時に、ガジっと。

二日くらい前から、ちょっと痛みのある違和感があったけど…欠けるとは。
たぶん今日の昼休みは、歯医者だな。

2009年5月12日火曜日

梅カツ丼

昨日の昼ご飯のこと。
かつやの梅カツ丼にした。チャレンジャーだな。

しかしながら、おいしかった。和食独特の、そしてすばらしい味のコンビネーション。
梅肉と、かつおぶしと、少々の大葉。ゴールデンだね。

前回かつやでもらった百円引き券を使ったにもかかわらず、また新たに割引券をもらったので、リピーターになりそうです。

2009年5月9日土曜日

nicu

今日のTBS報道特集NEXTで、nicu(新生児特定集中治療室)のベッド数の少なさをやっていた。
まだHPでは内容が見れないんだけど。

集中治療室まではいかなかったが、うちの子も保育器のお世話になったこともあって、
人ひとりが生まれるには、母にも子にもリスクがある、つまりすんなりいくもの、安全なものではない、
ということを思い知った。

その中で、すごい難病をもって生まれてきて、199日間を生き抜いたひとりの子と、
その両親のドキュメントがあった。
その両親は、もう治療できないと医師からの宣告があった後、
「あなたが生きれるだけ、生きたいだけ生きればいいんだよ」と無念さを抱えながら、
横になったまま身動きすらしない我が子に話しかけていた。

生きるリスク・長生きするリスクは必ずある、ということを頭の片隅にあっても置いておかないと。


久々に共感できる報道だった。

迷いを捕まえる力




世の中、すごい人がいるものだ。
今回は、新幹線の車内販売の女の子。


 ワゴンを押しつつ客を観察するのもその一つ。「パソコンで仕事中だからコーヒーを飲みたいかも」「出張帰りなのにお土産を持っていない」。そんな客がいれば歩く速さを落とす。また列車の進行方向に歩く時は、後ろ向きでワゴンを引く。客の表情が見えやすいし、席からはみ出ている客にワゴンをぶつけることもなくなり一石二鳥だ。

 菓子や飲み物は売れ残っても翌日に回せるが、弁当は無理。そこで「お土産に」と複数の弁当を勧める作戦も編み出した。

 近藤昌昭・広報室長は茂木さんをこう評価する。「迷っている客を捕まえる力が他の販売員たちよりも優れている。親しみやすさや観察力という天性の力に加え、努力もしている」



特に商売なんかの場面で、お客さんなど自分以外の人もそうだけど、
機会や才能を見出す場合などの、自分の中の世界に対しても同じことを言える。

いつでも、スパッと判断できるワケでない、わたくしのような人間は、
ここが要注意!!!
迷っているうちに、どんどん逃したり、遠ざかっていったり。。。

気をつけます。

2009年5月4日月曜日

ファミリーコンサート

今日は朝から●HK●かあさんといっしょファミリーコンサートへ。
残念ながら、取れたのが3F席だったので、
おにいさん・おねえさんの見え方がどのくらいの小ささか不安を胸に抱きつつ。

3階席7列目だったんだけど、
思ったより大きく見えた。
どこからでも見える構造にできているよね。
そりゃそうだ。
でも表情は難しかった。スクリーンでも作っておいてくれたらいいな。

全体的には、娘も親もけっこう楽しめて、
3階席でも満足だった。

でも自分的には1つ言っておかないと。。。
視覚的な見せ方、装置はよかったけど、
やっぱり問題は音。音響!
途中、歌が聞こえないところが何回かあって。
がんばれ、イベントの音響!

7周年

5月3日はうちの結婚記念日で、今年は丸7周年。

気持ちは「長かったような、短かったような」で、これは1周年の時から変わらない。
一般的にはのろけか何かにしか聞こえないかもしれないが。結婚すると決めた時から、「この人とは、永遠に一緒にいる」つまり、死が二人を割かつまでではなく、死んでも一緒にいることを望んで信じて結婚したから、気持ち・態度はどの時点を切ってみても、基本的には同じ。

違う部分があるとすれば、今は子供が大きな要因。今年はとても成長が著しくて、写真のケーキをみんなで作って、ささやかなお祝いができた。(作っている途中は怒声が飛んだり、いろいろあったが…)

奥さん曰く、みんなで手際よくできたから、うまく言った、だそうです。ほんとにスポンジのしっとり加減、大成功!

2009年5月1日金曜日

いちばんいい頃?

客先などで、子供が三歳ですという話をすると、「かわいくてしかたない頃ね」「いちばんいい時期だ!」と言われる。
世辞半分と思って、そうですねと受け答えてるものの、正直いって全く実感なし。特別にそんな時期があるのか??と思って。

ところが、今朝。ぐっすり寝入っている我が子の手をふと見て…。
もう小さくて小さくてという大きさでなくなり、でもいろんなことがわかってきて、言葉でやりとりできるようになってきて。
かといって、悪いことはまだ覚えず。

一歩先はずっとどうなってるか想像もできない道だけど、たしかに"いちばんいい時期"の実感が俄かに湧いてきた一瞬だった。

これから先にも所々"いちばんいい時期"があることを願いつつ。

2009年4月29日水曜日

反対する者への愛

朝青龍が「天敵」内館委員と握手 (日刊スポーツ)

この2人がどういう人物で、個人的にどう思っているかは全く関係なく、
「天敵」と言える関係であることは、以前から聞いていて。

だからこそ、この朝青龍の行いは、大人だな、というか、
理性がちゃんと働いてるなと思う。

彼の心の中にどんな打算があるとしても、
それを受けた内館さんがどういう思いで受け止めていようとも、
はたまた彼女はどうして横審の一員なんだろう???という元も子もない疑問を持って見詰めていようとも、
これは大人の行動なんだ、見習わないと、と思う。


「『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
 しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。
・・・・・
 『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
 しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」新約聖書 マタイによる福音書5:38-39;43-44

cf.mr. children 『supermarket fantasy』より「羊、吠える」



 

2009年4月28日火曜日

カラオケにない充足

この前の土曜、にわか作りのバンドで、一曲披露してしまった。
どのくらい"にわか"かというと、事前に合わせたのは3月のある金曜、夜中11時〜1時の2時間だけ。メンバーは四人中三人が所帯持ち・子持ち。なので、余裕な時間なんて簡単に取れない。こんなでよくやろうと思ったなと。

でも、その2時間はほんとに楽しくて、やっぱり音楽はやらないとダメだ、という、何度も行き着く、全く根拠のない結論にまた至った。…

で、本番は…一応成功だった。あいだニ小節きっちりぬかす、小さい事故がありながらも。
いやーノッてたね。もちろん不満は山盛りだけど。

メンバーは、dr/pf/eg/vo以上。そして、曲はミスチルのGIFT。はっきり言って、高望み。でも、絶対楽しかった!だれがなんと言おうと。またやろー!

2009年4月25日土曜日

「最低の人間」とは。。。

ネットでは同情殺到「鳩山大臣は言い過ぎ」
(mixi登録してない人は見れないかも)

"罪を憎んで、人を憎まず"が完全にはまるケースではないか?

そういう大臣の人格まで疑われるぞな、もし。

「最低の行為」くらいにしておいたらよかった。
そうでもないか??

「最低」って言葉自体、ほぼ100%感情から出る言葉だろうから、
公の人が公の立場で使うべきものじゃないよな。


感情から来る言葉を発しないように、
ここ数年気をつけるようにしている。

いや、まだぜんぜんできてないから、
気をつけるようになった、だけかもしれない。
人を攻撃するだけだし、何もよいものを生まない。

2009年4月24日金曜日

目に映える新緑

いつもの通勤の道、野猿街道。ふいに生け垣と街路樹の鮮やかな緑が目に入ってきたので、パチリっ。
ほんとに歩くのに気持ちいい季節だなと。

感謝をすることで獲るもの

仕事終了後、吉祥寺へ。
うちの教会でFIRESIDEと呼んでいる、いってみれば講演会??
奥さんからは、ちゃんと学んでお土産持ち帰って!という条件付きの許可のもと。

その中でいちばん印象に残ったこと。
「感謝することで、新しい目と耳を得られて、物事の真実がわかってくる。」

手にするものはすべて与えられたもの。
よい機会も、悪い機会も与えられたもの。

その中でどれくらい「ありがとう」と心から言えるものをたくさん見つけれるか。
悪い面ばかりに目を向けて、落ち込んで、前に進もうとしないだけでは、
あまりに人生もったいない。
目の前にあるものすら見逃して、それが意図するところも獲られない。

どうせなら、物事をちゃんと見つめて、前に進んでいく方が楽しいじゃないか!?

2009年4月22日水曜日

人の賞味期限

『翔ぶが如く』が十巻、やっと最終巻まで来た。半年くらいかかったな。

239頁「政治家や革命家が一時代を代表しすぎてしまった場合、次の時代にもなお役に立つということは、まれであるといっていい。……[その]盛名と同時代に存在しているひとびとには、容易にわからなかった。」

それは会社や、封建的な家族、あらゆる組織にも言える。

ある経営者に「息子さんに後を継がせないんですか?」と聞いた時、「しない」と即答されたことがあった。
潔さと現実的な的確な判断だと感じた。

いはゆる世襲がうまくいくことって、人間の世界で、もしかしたら自然界でも、ほとんどないように思える。
一人の人を取り上げてみたって、どうがんばっても寿命は百年も行かず、働ける期間なんて高々数十年。充足してると言える時間なんてさらに短い。一人に長期間の意思決定を任せるなんて、弊害の方が圧倒的に多いんじゃないか。

結論!人の賞味期限なんて思うほど長くない。地位なんかにしがみつかないで、自分の役割をはっきりさせるべし。

2009年4月21日火曜日

町会

マンション管理組合の理事を去年と今年やることになり、
ついでに今年はその中の町会担当ということで。

で、昨日の日曜、町会総会だった。
中身についてはいろいろ思うところはあるものの。
とりあえず、始まり方がちょっと衝撃的だった。

この1年の中で、町会内で亡くなった方々への黙祷から始まったのだ。
もろにその土地に根ざしているという意味では、
とてもいいことだと思った。

この前住んでいた町田では違ったよな。。。と思いつつ。
他の町会ではやっているのかな???


最近ぜんぜんブログを更新できず、
いろいろやることが多いのと、
覚えること、つまりinputばっかりで、
ちょっと気持ち悪くなっていた。

一般人がブログなんかやって、
なんのためだよ!と思う一方で、
こんなに手軽にoutputできるブログってすごいよね。

だから1行でも毎日更新を目指します。
(この決心は一体何度目だ。。。)

2009年3月11日水曜日

ケータイがムーバからFOMAになりまして。(やっと?)

フルブラウザってすごいね。ポインタを行きたいところに合わせるのが、マウスようにはいかないけど。
で、ケータイで書き込みしている。

FOMAにすると、電話の値段が15000円くらい安くなるし、パケット定額ができるんだって。(今頃?)
どれくらいで上限を切ってしまうか…。まーとりあえず最大限に利用させてもらおう。

2009年3月4日水曜日

お水取り



火の粉を飛ばしながら舞う「おたいまつ」=奈良市の東大寺二月堂で2009年3月1日午後7時5分、森田剛史撮影

この写真すごいなと思って。
一瞬、お隣の国の国宝みたいに、
二月堂が火事か!?とも思えて。

毎年、火事にしないでこの行事をしているって、
けっこう奇跡だったりする?

火っていう自然のものへの畏敬の念というか、
そういうものを心にはぐくむために、
「祭り」というのはあるんだなと。

2009年2月18日水曜日

手段の目的化 -塩野七生『ローマ人の物語』より-

ほとんど夢を覚えていない、思い出せない人なんだけど、
今晩の夢は強烈だった。
政治家のようなものになって、しかもアメリカで!
市民会館みたいなところで、演説しようとしていた。
ちゃんと奥さんが隣に座っていた。
ここだけ現実的で、american dreamにもほどがある。


さて、昨日読んだ『ローマ人の物語』文庫6巻 91頁より

「要は教養の有無でも時代のちがいでも文化のちがいでもない。目的と手段の分岐点が明瞭でなくなり、手段の目的化を起こしてしまう人が存在するかぎり、[改革を推し進めて、自分たちの既得権益を犯す輩を失脚させるために、奴は私利私欲のためにそうしようとしていると大衆世論に思い込ませる]作戦の有効性は失われないのである。」

食べる為に生きているのではない。
生きる為に食べるんだ!

選挙に勝つ為に、世論を作ったり、与党を攻撃するんじゃない。
国益を伸ばす為に、政治家が必要なんだ!

金儲けのために、宗教を作ったり、宗教法人を名乗ってはいけない。
人の幸せと救いのために、宗教や信仰を守るんだ!

金儲けのために、学校法人を作るんじゃない。
人を教育して、社会の役に立つ人材を見つけて育てるために、学校が必要なんだ。

結婚することはゴールではない。
そこから人間としていちばん試練となり、いちばん幸せとなる関係を気づいていく道を歩き始める!


手段を目的化してはいけない

2009年2月17日火曜日

本と末 -神風連の考え方-

『翔ぶが如く』6巻より

西南の役を誘発した役割の、神風連の乱。
イデオロギー側から見れば、政府の西洋かぶれに反対した極右の暴発、
としか写らない。

でも、やはりというか、元々の考え・行動から見たら、
つまり、教祖というべき林桜園の考えからみれば、
視野が狭く成り過ぎた結果と思わざるを得ない。

その理由とすると、「本と末の区別を知らなければならない」という考え方。
彼にとって「本」は神道であり、
それを確かに守ってさえ入れば、
「末」たるその他のすべてのもの、すなはち政治だろうが、西洋の学問だろうが、
何をしようと問題ではない、と教えたらしい。

「五大洲は広し。教道何ぞ独り儒教に限るべけんや」
当時学問といえば、儒教。しかし、なぜ儒教に固執しないといけないのか???
為政者が面倒くさくならないためのご都合、でしかない。


神風連の人たちは、明治政府の、文字通り本末顛倒を怒って、
反乱に打って出たらしい。
そういう点では意味があったと思うが、
ただ、このイデオロギーという型を当てはめることでしか、モノを見れない近現代では、
右翼の元祖と見られるばかり。かわいそう。。。

2009年2月12日木曜日

オーストラリアの山火事

今年の仕事初めは、火事現場だった。
臭いもすごいし、すべてが灰になるんだなという光景は、
望みを失くすことにつながってもおかしくないなと。








自分が見たのとは、ぜんぜん規模がちがう。
メルボルンの近くがとんでもない火事らしい。
東京都の2倍の面積を焼き尽くしたとか。

ここまで広がったのは、気温が47℃になっている異常気象のひとつの結果みたいなことも報道で言ってたな。
なにが起きてもおかしくない人生だなと思わずにはいられない。

2009年2月10日火曜日

子どもの言語の覚え方

子どもの言語の発達をそばで見ていると、
関心するしかない。

もともとがカラカラのスポンジみたいだから、
とりあえず近くに来たものを吸い上げようとする。
でも、あまり許容量がないもんだから、
すぐに外に出そうともする。

でも、スポンジと違うところは、
自分で使ったり、インパクトがあることは、
ちゃんと残って、全然別の機会にすっと使えるようになる。


土曜にTVを見ていて、
タマホームのCMをやっていた。
最後のカットで、みのさんが「行こうよ!」と決めセリフ。
すると、うちの子がボソッと「行かないっ」。。。。。

実にいい言語的な反射神経だな、と関心してしまった。

2009年2月7日土曜日

政治家の居眠り -司馬遼太郎『翔ぶが如く』6巻より-

明治8年6月に開かれた地方官会議。
ここの地方官とは、今の都道府県知事に当たる人を全員集めて、
これからの地方の統治と、政治を任す議員を民選するかを、どうしましょう?と、
明治政府が自分たちで就任させた知事に話し合わせる会議だったようだ。

近代国家として一人前になろうとする過程というか、もがきとして、
興味深い段階と思う。

しかし、形式もさることながら、その話し合われ、決定された内容も、
それほどの重みを持たせることはできなかったようだ。
司馬さんも書いているように、

「会議で物事を決めるということ自体への積極的な軽侮感が、ほとんどの者にあったであろう。」(19頁)

つまり、江戸時代だけでも300年ほど、それまでのお上と下々の社会的な関係できた人々にとって、
目的をもって、話し合って、物事を決めて実行していくことは、
ことのほか違和感があり、簡単にできることではなかったんだろう。

しかしながら、100年以上たった今日を振り返ってみると、
成熟を感じられるか。。。正直なところ???


孫引きながら、

「大方は軽侮怠慢の体を顕し、議事最中、居眠りをするものもあり、鼾(いびき)をかく者もあり、欠伸(あくび)をする者もあり」(青森県参事 塩谷良翰(しおのや りょうかん)の回顧録)

いまどきの様子を加えるとすれば、「議場でまんがを読んでいるものもあり、勝手に欠席するものもあり」・・・・・というところか。。。

2009年2月5日木曜日

官となって富む??

今朝の日経新聞の春秋に、こんな言葉が入っていた。

「高官ニ昇リ富貴トナル」
(明治初年の投稿雑誌「穎才新誌」竹内洋「立志・苦学・出世」090205日経春秋より )

本気か??
高官となって貴となる、だったら素直にうなずける。

富んだらまずいだろ。
最初から職権乱用を目指している。

「親方日の丸」に象徴される安定なんて幻想であるべきだ。


政も官も、最初から最後まで公のものとして、
どこまでいっても国益・地方自治体としての利益を考えるべきものだろう。

2009年2月3日火曜日

梅 早咲きの3万5千本が開花 神奈川・小田原


真っ白に冬化粧した富士山をバックに咲き始めた白梅=神奈川県小田原市の曽我梅林で2009年2月1日、小林努撮影


富士山って、感情に訴えてくるものだなと、
とても感じるような齢なのか。

日本一高いとか、山といえば富士とか、
そういう事実や慣習でなく。と自分では思っているのだが。


うちの奥さんも、
山梨に帰ったり、東京でも見えるスポットに行くと、
富士山を見て、元気をもらう、というようなことを言っている。

富士山が見える家・地域に住むことを、
探す条件にしたり、誇りにする、
ということも、日本人のアイデンティティなのか、
感傷なのか、歳を重ねるほどに、理解できるようになっているような。


因みに、ケータイの待ちうけ画面は、
娘の写真とかではなく、
5年くらい前に撮った夏の富士山のまま、ずっと。
もう空気のような、故郷のような。。。

2009年1月30日金曜日

mr. children "supermarket fantasy"




去年12月の発売から、すでに今さら感を否めないけど、
あえて言いたい。

佐賀 武雄市長の樋渡さんも書いているように、
これだけの質を連作で保てる、というか、打ち出し続けるのは、
やっぱり奇跡と言いたい。

アルバムで聞いて、充分に耐えられるバンドって、
そうそういるものじゃない。
シングルとか単発で、この曲いいなと思うのはちょこちょこあっても。


5曲目の『少年』の最初のメロディ、うつくしい。
体の芯からグラグラさせられる。

そして、10曲目『羊、吠える』、これは魂をグラグラさせられる。
これって、もろに聖書の教えだよね??

いや、ほんとにすごいよ、
彼らの感性や思考の底。

相撲の風景 -日本人のあまりな反応

なんだか気になっていた大相撲 初場所。
結末は意外だったけど、
その結末に対する反応がもっと意外、というか、おいおいとつっこみたいものだった。

まず翌日の記事。

朝青Vにやくみつる氏「脱帽」/初場所 <大相撲初場所>◇千秋楽◇25日◇東京・両国国技館

 場所前に朝青龍の復活に懐疑的だった角界関係者も、復活優勝に評価を一転させた。横綱審議委員会のけいこ総見でのふがいない相撲を見て「初場所は出ちゃ駄目」と話していたNHK解説者の北の富士勝昭氏(元横綱)は「参ったよ。本当に。(朝青龍は)気持ちで負けていなかった。底力があるんだよ。自分の力で勝ったんだからね。みんなで最敬礼だよ」と敬意を表した。

 朝青龍に引退問題を取材して「顔じゃない」と言われた元小結で解説者の舞の海秀平氏は、場所前に「反射神経が悪くなった」と指摘していたが、この日は「場所前のけいこ量は白鵬の方が多かったのに、けいこ量は(勝負と)関係ないんですかねえ」と困惑気味。放駒審判部長(元大関魁傑)は「いつが全盛期か分からない。今だって全盛期かもしれない」。

 一方、以前から朝青龍の言動を厳しく批判してきた日本相撲協会再発防止委員会委員で漫画家のやくみつる氏も、この日ばかりは脱帽。「(朝青龍への)いろいろな感情は抜きに堪能した。千秋楽は落ち着いていた。静かな土俵美を見ることができた。これを続けてほしいですね」。もっとも「土俵上でのガッツポーズだけはいただけない。感情をコントロールしないと。今日は脱帽だけど、これからも問題点は厳しく言っていく」とくぎを刺すことも忘れなかった。

 優勝決定戦を理事長室のテレビで見届けた武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は「すごいとしか言えないな。特に(場所の)後半は朝青龍らしい相撲になってきた」と手放しで絶賛。嘉風戦で顔を張られて相手をにらみつけるなど品格を問われる行動もあったが、「もういいんじゃないの」と問題にするつもりはないようだった。【山田大介】

2009年1月26日 09時05分 日刊スポーツ



そして、その後。


土俵上でガッツポーズをする朝青龍
武蔵川理事長が高砂親方に厳重注意 日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)が29日、横綱朝青龍(28=高砂)が初場所千秋楽で優勝を決めてガッツポーズをしたことについて「力士として自覚が足りない」とし、朝青龍の師匠の高砂親方(元大関朝潮)を両国国技館に呼び出し、厳重注意した。注意された同親方は「朝青龍には私から厳しく注意する。私も師匠として親方として自覚が足りなかった」など反省の弁を述べた。朝青龍はモンゴルへ帰国しており、30日に再来日する予定。
(日刊スポーツ)





始まる前には、けちょんけちょんに言っていた関係者・マスコミ、そしてインタービューを受ける一般人が、
勝ったら、手のひらを返して、強いね!すごいね!の大合唱。

そして、正直言って日本人のつもりである自分にとっても得体の知れない"力士としての自覚""師匠としての自覚"を責める厳重注意。

そんなんなら、他の伝統工芸が守っているみたいに、狭い世界でやってればいいんだ。
外国から弟子なんかとらなきゃいいんだ。

これらの反応を、「日本人的」と言いたくない。
あえて、土台・根っこがあれば、作ろうとしていれば、こうはならないと言いたい。


こんなブログを書いている自分の反応も、同じ穴のなんとかなのか??

2009年1月28日水曜日

警察はだれのため?



もう一度、一力さん『はぐれ牡丹』から。

テレビの時代劇に出てきそうな(作中での設定は、比べてはるかに緻密だけど)、
悪徳商人と、渡世人に拉致された女の子の救出作戦!

決行のための人手を集めている一幕。

 「その子の居場所が分かってるなら、お役人に頼んで取り押さえてもらえば済む話だ。なにも法度(はっ 
 と)破りまでして、時季はずれの花火を打ち上げることはねえだろう。」
  松次郎が咎めるような口調でお加寿に答えた。お加寿の顔に、気落ちしたような色が浮かんだ。
  「松次郎さんは、もう裏店の人ではなくなったのね」
  「どうしてそんなことを」
  「長屋暮らしを忘れれてなければ、お役人をあてにするようなことは言わないでしょう」
  松次郎が、うっ・・・・・と息を詰まらせた。


こんなやりとりが何回か出てくる。
江戸時代でいえば武士、今の時代でいえば警察(または官僚・役人)。
こういう人たちの体質の一面をよーく表している。

一端、体制側の人間になってしまえば、
その体制のため、もっとひどい場合は、得た権力を行使すること、
そして私腹を肥やすことに、ガチガチに凝り固まってしまう。

警察や国などの行政、そして政治が、庶民のためを考えているなんていうのも、
多くの場合が幻想。
「普通の」人間社会の流れに任せていたら、
居丈高に自転車を取り締まる、警察を産むだけ。

清廉潔白、公のために働いているとしたら、
それに携わっている人たちが、よい動機を持って、維持できている時。
例えば、いはゆる明治維新で警察機構を作り上げた川路利良(としなが 司馬遼太郎『翔ぶが如く』参照)。


http://my.reset.jp/~hgoto/gallery/wb000701c.html

2009年1月26日月曜日

"専業主婦"は幻じゃないか? -山本一力『はぐれ牡丹』-

またもや一力さん。

働きたいと言い出した奥さんに、旦那は、

  「物売りはおまえの気性に合っているだろうが、暑い日寒い日、それぞれきついぞ」 
  気遣ってみせたが、鉄幹は・・・・・は反対しなかった。長屋暮らしの女房が働くのはあたりまえだったから だ。(9頁)



専業主婦(または専業主夫)になりたいという人が、
結婚願望を持っている人と同数ではないだろうが、
相当数いるようだ。周りの話しを聞いていると。

でも、この「職業」は、第二次大戦後の状況が生んだものなのかもしれない。
公的年金での受給モデル世帯に組み込まれていたり、
もはやワイドショー絡みでしかない、「三食昼寝付き」の奥さんなんていうのは、
歴史の流れの中の、ほんの数十年間にしか見られない、幻なんじゃないか?


人間の生活を圧倒的に占めている基本は、
住むところ・食べるものを確保する為に、悩み、苦労することであって、
大して考える必要もなく、動き回る必要もない生活というのは、
貴重というか、やっぱりただ退屈で、
余計なことを考えて、何も産み出さず、ただ消費するだけになってしまうのではないか。


ただ、決してお金のために、または物質的な豊かさのために、
すべての人が働かないといけない、と言いたいのではない。
現役を引退した人が、余裕ができた時間で、
新しいこと、できたら他の人や社会のためになることを始められたり、
奥さん同士が、生活豊かにするために助け合えたり、
子どもが少しでも早い時期から家庭での手伝いができるようになることは
目指すべき豊かな社会の一端かもしれない。

2009年1月23日金曜日

インターネット会員によるサッカークラブ

釜本氏、県リーグの監督就任=14年ぶりに復帰し「藤枝」で-サッカー

 日本サッカー協会名誉副会長の釜本邦茂氏(64)が、静岡県社会人リーグ1部所属の「藤枝ネルソン」を母体に発足する新チームの監督に就任することが22日、分かった。釜本氏はJ1のG大阪監督を1995年に退任して以来、14年ぶりの現場復帰となる。

 同チームは、インターネットで募った会員がクラブのオーナーとなって、運営や戦術などを決定する新しい方式を採用。来月にはチーム名などが決まるが、将来は監督も会員の投票で選ぶことにしており、釜本氏はクラブが有料会員で運営されるまで指揮を執る見込み。

 釜本氏は「(インターネットの会員によるオーナー制クラブは)日本、アジアでは初めてということなので、ぜひ成功できるよう頑張る。やれることをしっかりとやって、いいクラブをつくりたい」と話している。 

2009年1月22日 20時48分 時事通信

http://sports.jp.msn.com/article/article.aspx?articleid=383392


こういうのが広がって、強くなってくると、おもしろそうだよね。

インターネットという、たくさんの人がつながれる道具が活かされて、

決定力不足だのなんだの言われる日本のサッカーの、裾野を広げて、

全体のレベルを上げていく、1つのきっかけにもなりそう。


この動きを始めた(藤枝の?)人たちと、釜本さんを尊敬するのと、

今後の発展が楽しみ。

塩野七生さんと宮城谷さん

この2人の共通点、それは「異文化を日本語で読ませてくれる」こと。

とりたてて言うことでもなく、
好きな人ならだれが思っていることかもしれないが。

イタリアや地中海と、中国。

それぞれの長い歴史の中から、
日本人が自分の言語で、何か生きる知恵・
人間てこういうモノだ、というのを学び取れるように導いてくれる。
この人たちの消化して理解して、そして表現する力って、
本当に驚嘆する。

『ローマ人の物語』と『三国志』を文庫本で同時進行させていて、
いちばん強く感じていることそのままでした。

2009年1月12日月曜日

'09はじめ

すでに新年が明けて、10日あまり。
約20日ぶりの記事となってしまった。
正月は、というか、休みは基本的に家族モードになってしまい、
家族がいると、自由に制限がある、というのを実感せざるを得ない。
もっと自分をコントロールできたら、
もっと違ってくるとも思いながら、現状はこんなところ。

このブログを始めて、約1年ちょっと。
どんな方々が読んで、どんなことを思っているか、
ほとんどつかめてないが、
とりあえずそれでいいと思ってるので、
もっと投稿の回数を増やしたいと思っているが、
こんな感じでやっていきます。
もしよろしければ、今後ともお付き合いのほどを。。。

今のところの状況としては、
昨年単行本では完結してしまった、塩野七生さんの『ローマ人の物語』を、
文庫本で読み始めているのと、
司馬遼さんの『翔ぶが如く』も途中で、
さらに、宮城野さんで『三国志』を読み始めたい。。。

さらにさらに、去年完全にはまった落語ももっと聞きたいし、
資格も夏に向けて勉強したいし。。。という、
すでに手詰まり感ですが、
とにかく前へ前へ、自分を作っていきたいと思います!

2008年12月22日月曜日

社会人としての付加価値

とりあえず先週の日曜で、
今年最後の資格試験、個人情報保護士(あくまで民間資格)が終了。
このご時世で、会社からの指令によるものだが、
前回は落ちているので、今度こそお願いします!(だれに?)

結果は年明け1月半ばに出るので
それまで資格関係の勉強は休憩期間。

この期間にEXCEL VBAをやっておきたいな。
でも試験という圧力がかからない点、
気合を入れることに、まずはひと苦労。


今のところ、さまざまな必要性から、
資格を取ろうとしたり、
ほとんど独学で学んだりしているけど、
これって社会的に認められる付加価値になるのか?
そもそも、何が認められるということなのか?

自分の場合、生活に必要な収入を得るしくみ・流れを作るため、
今のところ。
でも、わかりやすい形にするのが苦手だから、
いまいち自分も、そして家族や会社など周りからも分かりにくいと思う。
形にしていかないとね。

とりあえず、今年は1つの課題、AFPを取れたので、
一段小さな階段を登れたかなと。
来年はもう一段、かなり自分には高い一段を登ろう!
何かは受かってから公表予定。

2008年12月15日月曜日

ありがとう

別のところで、こんな記事を書いてみた。
このブログに載せたいな、という類のものなので、
流用させていただきます。

-----------------------------------------------

面と向かって言えない、ありがとう!は、mr. children。

あなたたちの音楽で、本当に救われています。

"救われている"というのは、
それほど大それたことでも、非現実的なことでもなくて、
むしろ自分の思いや感じ方を、
「これでいいんだ」と確認できたり、
「もっとこうしないと」と修正したり、励ましたりしてくれること。

最近ハマったのは「GIFT」。

♪知らぬ間に増えた荷物も
まだなんとか背負っていけるから
君の分まで持つよ だからそばにいてよ
それだけで心は軽くなる



子どもが生まれる前は、
こんな感じの夫婦だったけど、
子どもが生まれたら、
ガラっと変わってしまって。

でもそんな状況の今だからこそ、
大変だけど、いちばん身近な関係の人と、
こういう風に思えるようになりたいと、
改めて決意できた。


こんな感じで聞かれるのってどうかよくわからないけど、
これからも大切に聞かせてもらいます。
もう一度、ありがとう!
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2008年12月5日金曜日

お金のかかる教育は自然なのか??

米大学の学費、25年間で4.4倍 所得伸び追いつかず
 米国で大学の授業料や寮費などが、1982年から2007年までの25年間で約4.4倍(物価調整済み)に上がったことが、非営利団体、米公共政策・高等教育センターの調べで分かった。

 同期間中の世帯あたり所得(同、中央値)は約1.5倍増えただけ。親の所得の伸びが追いつかないため、学生は借金に依存し、学生ローンは過去10年で倍以上に膨らんだ。ローン残高は約850億ドル(7兆9000億円)に上る。

 同センターは「この傾向がもう25年間続けば、ほとんどのアメリカ人は大学教育に手が届かなくなる」と警鐘を鳴らした。アメリカン・ドリーム実現の機会確保をうたって大統領に当選したオバマ氏にとっても、大きな課題となりそうだ。

(ニューヨーク=中前博之)



興味深い記事だった。

日本のどこかの大学が、どんなものか具体的にはわからないが、デリバティブに手を出して、
結果大損したなんてことが、つい数週間前にあったな。

私立の学校が、これだけ乱立しているということは、
教育が今や金儲けできるものととらえられていることを意味している。

でも、教育で金儲けできるというのは、
個人的には幻想、もっと言えば、妄想に近いものだと思っている。

教育なんて、超先行投資の部類であって、
教育を受けた人間が(近くも遠くも)将来どうなるか、
それによって社会から、無形の評価なり、産学共同事業なんかで利益が得られるかどうか。

つまり、少なくても1年とかの期間であれば、損を出すのが当たり前で、
その土俵の上で儲けようとしたら、相当なムリか悪さをすることになる。


何が言いたいかというと、
教育にお金をかけない、
要求しない世の中を作らないと、
教育と人間のレベルは、落ちていく一方なのではないか。

2008年12月4日木曜日

理想とする死に方




また1人、尊敬する人が逝ってしまった。

Joseph B. Wirthlinという、うちの教会の指導者。

この記事を読むと、

死因は"died peacefully ・・・・・ of causes incident to age"、つまり老衰ということ?
でも"He had continued to work at his office right up until the Thanksgiving holiday."
とも書いてあって、ついちょっと前の感謝祭の頃までは事務所で働いていたって??

最後の燃えカスも残さないくらい生きて、
すっと消えていく。
理想とする死に方。

病気で長く患って、自分も周りも苦しむことなく、
与えられた期間を最後まで元気に(?)働いて、最後を迎える。


彼が行った最後の説教の中で、
生活の中で起こる「どんな出来事も愛しなさい」、
不満の声を上げたくなることに出くわしたら、
笑って吹き飛ばす習慣を身に付けなさい、と言っていた。

世の中で起こる、笑って済ませれるくらいのことであれば、
笑い飛ばすくらいでちょうどいいんだな、と解釈している。
その通りだと思う。


残念ながら、直接この世でお目にかかる機会はなかったのは、
非常に残念だけど、会える日を楽しみにしています。

2008年12月3日水曜日

地元とのつながり

この15年くらい、地元とのつながりはほとんどないに等しく。。。
小学校~高校の知り合いにとって、行方不明、行方知れず、
あいつは何やってるんだ?という人間だろう、未だに。

そんな折、小学校の同級生からケータイに電話が来た。
別の同級生のお父さんが亡くなったとのこと。
けっこう良くしてくれたおじさんだった。

その電話をくれた人の、上の子はもう小学校2年生らしく、
そのくらいの月日が経ってる、
年をとったものだと実感してしまった。

で、どこで電話番号を知ったか、一応尋ねてみると、
実家から聞いたらしい。
ありました、変わらないつながりが残ってました。

2008年12月1日月曜日

半月ぶりで

mr. children "innocent world"から

♪入り組んでいる 関係の中で いつも帳尻 合わせるけど

という感じで、この2~3ヶ月非常に息苦しさを感じながらきた。


まーしょーがない。
自分の力・能力のなさを痛感するのと
こういう状況に陥るとこんなに苦しくなるんだという、
これからの経験にしようとしている。

ただただグチになってしまってる。

自分の立つべき土台をはっきりさせて、
とりあえず前向きに、
そして誠実にやっていこうと思います。


12月9日にはミスチルのアルバムも出るし、
来年のコンサートのチケット当たったらいいなってのもあるし、
自分を励ましていきます。



こんなグチを読んでくれた、奇特な方、ありがとうございました。

2008年11月14日金曜日

遊ばなくなった若者たち??

こんな記事を読んだ。


08年版『レジャー白書』(社会経済生産性本部)によると、若い世代の余暇の過ご
し方が「貧困化」しているという結果が出ました。わかりやすく言うと、近頃の若者は遊ばなくなった、ということになります。

 調査は、全国の15歳以上の男女3,000人を対象に実施されました。07年の1年間に旅行、カラオケ、ドライブといった、計91種類の“遊び”に何回参加したかを聞き、10年前の調査結果と比較しています。

 まず、レジャーの「種類」の動向については、一人が1年間に経験した遊びの種類数は、この10年間で17.8種類から14.5種類に縮小しています。減少傾向は全世代でみられますが、特に10代~20代が顕著でした。10代に限定してみると、15.6種類で、10年前より6種類も減っています。

http://gr.e-hokenpro.com/rp/rp_money.asp?N=cnbcUzHexCA=&K=N&A=P&YYYY=2008&MM=11


なんだまた「近頃の若いもんはけしからん」理論か!?と思った。
そんなセリフを口にする人たちは、どれだけ遊び好きなんだ!?と。

遊びの種類で統計取るのは、初耳だ。
なんでもそうだけど、幅が狭まるというのを、
理性的にイヤな感じを受けてしまうのは確か。


働く時はおもいっきり働いて、
休む時はおもいっきり休む。
月並みだけど、心がけたいと思います。

2008年11月11日火曜日

井伏鱒二『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』新潮文庫

たぶん、ほとんど初めての井伏鱒二。

さざなみ軍記は、ぜんぜんイメージがつかめず挫折。

ジョン万次郎の方はとても興味深かった。
『竜馬がゆく』などで出てくるジョン万次郎は、
すでに幕府の役人になっていたから、
そこに行くまでのいきさつを知りたいなと思っていた。

彼の功績は、特に当時の鎖国状態にあった国と民にとって、
視野を広げさせる、あるいは目覚めさせるほどの衝撃を与えたことだろう。

日本で全く思いも寄らないものを紹介する苦労もその一つ。
12年の漂流・外国滞在の後、日本に帰ってくると、
役所(長崎奉行所)で取調べを受けた。
その中で口述観察談の一例。

「電信機」: 路頭に高く張金を引きこれあり、これに書状を懸け、駅より駅へおのづと達し飛脚を労し申さず候。なかにて行きあはぬやう往来の差別をつかまつり御座候。このからくりは私は存じ申さず候。鉄にて磁石をもつて吸ひ寄せ候やうに相考へ申し候

「蒸気車」:  陸の運送、車も馬も用ひ申し候。それ故、大道は山を越えぬやうに遠廻りにつくり御座候。レイロウと申す蒸気車これあり候ひて、数十人これに乗り、力を労せず旅行つかまつり候。蒸気船のからくりに同じと申すことにて御座候。…

これを読んだ日本人がどれほど現物を正確に想像できたか。
恐らくほとんど"?"だらけだったかもしれない。


これと似たような記述が、実は聖書の中に出てくる。
旧約聖書イザヤ書に、

その矢は鋭く、その弓はことごとく張り、その馬のひずめは火打石のように、その車の輪はつむじ風のように思われる。
そのほえることは、ししのように、若いししのようにほえ、うなって獲物を捕え、かすめ去っても救う者がない。 (第5章28-29節)


という記述がある。
「イスラエルの民」が集合する時を預言しているところで、
この部分が、集合のために使われる汽車であり、飛行機のことを、
イザヤは啓示の中で見て、描写していると聞いたことがある。
なにせ、もちろん当時は世の中になかったものであり、
どう言い表したらいいか、とても苦労したではないかとさえ感じられる。

どの部分がどうとか、ちょっとはっきりしない部分があることはあるが。。。

2008年11月9日日曜日

"あるがまま"でなく、"なり得る姿"

完全に孫引きだけど、ゲーテがこう言ったそうな。

「あるがままの人物として扱われる人は、あるがままの状態にとどまる。
しかし、将来なり得る人物や、本来あるべき人物として扱われる人は、そのような状態高められる。」


一般的に、人を見るときに、
その人の今の状態が全てで、この先もそのまま固定されているかのように、
判断されていることって多い気がする。
そんな時は、将来に向かって、良い方向でもそうでない方向でも変化していくことが、
全く視野に入ってない。
むしろ、人は同じ状態に留まることや、現状維持できることなんて稀なのに。

人の見方として、「今がこうだから、こんな感じであしらっておけばいい」ではなくて、
「今はこうだけど、将来こういう人になっていくだろう、またはこうなって欲しいから、
こういう風に付き合っていこう」てな感じで接する方が、
前向きだし、楽しいだろう。

参照:『モルモン書』ニーファイ第一書16章18~32節



2008年11月6日木曜日

1人の人の役割

明治になった後の、西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允を見ていると、
なんかかわいそうになってしまう。

もう彼らの役割は、明治維新という名の革命を成し遂げたところで終わり。
人が為し得る仕事量を、その期間でやり切ってしまっただろうから。

1人の人の役割なんて、大抵は期限付きで、
大きなことであればあるほど、少なくても完了の時は、
見極めて区切りをつけてしまう。
そして、余暇と取らせたり、他の役割に移ったり、でいいんじゃないか。

逆に言うと、
永続させたいと思うものであれば、
始めた人がどれほど偉大であっても、
後継者が育たなければならない。

世襲やら、ポストの用意やらで、
いつまでもしがみついてたり、
ずっと同じ役割を果たすように、
周りが要求するするなんて社会の慣習は、やめにしよう!


歌舞伎は血で踊る、なんてことを聞いたことがあるけど、
そんな類は世の中ではまれで、
ずっとやっていること、世襲なんて、弊害の方が大きい。
なぜなら、状況は変化をやめないし、人もずっと同じ状態ではいられない。
偉大な人が子々孫々、同じ家から出てくることは、むしろあり得ないなんだから。

山県有朋的な人間

司馬遼太郎『翔ぶが如く』に手をつけてしまった。
今は第2巻。
進むのが遅い。
1項目ごとに、読んでは考えてしまう。

37~39頁
「山県は創造的才能はなく、従って構想者ではなかった。原型が創造してくれたものを、かれはもくもくと実行して、ついには仕上げてしまうのである。」

大村益次郎の、国民国家成立のための国民皆兵と廃藩置県を実現させたが、「開明的な光彩」は消し去ってしまった。

大久保利通の創設した内務省を引き継いで、貴族制度をつくって「一君万民」という平等思想を覆し、反政府的言論や集会を禁止できる権限を産み出した。

川路利良が創始者だった警察を、市民サーヴィスの機関から「国家の威権の執行機関」に切りかえた。

「山県ほど天皇の権威的装飾に熱中した男はなく、日本史上における天皇のたたずまいが、明治二十年代から異様な重厚さを加えてゆくのは山県ひとりの創作に負うところが多い。・・・・・[この]点だけは創造的であるかもしれなかった。」

「『国家を護らなければならない』
と山県は言いつづけたが、実際には薩長閥をまもるためであり、そのために、天皇への絶対的忠誠心を国民に要求した。」


問題は、この手の人間に対して、
歯止めをかけられる人がその場にいないこと。
または、すごく少ないことだ。

とても大きな流れができているために、
ちょっとやそっとでは食い止めたり、方向転換をさせられない。

2008年10月31日金曜日

神護寺



板彫弘法大師像、初めて一般公開 京都・神護寺

神護寺をいう名は、よーく考えてみると、
実に奇妙ではないか。

仏教の寺なのに、
神が護る、と書く。

日本のどこの街に行っても、
家に入っても、神棚があって、仏壇がある。
共存しているんだから、何にも不思議ではない、自然だ。
と思っている方が圧倒的か??

密教の寺として、
この寺を最終的に手にしたのは、弘法大師 空海。
彼は山の中の自然、
つまりは、神が棲んでいるとして神聖な場所としていた山をとても好きで、
神々ととても仲がよかったんだそうな。

そして、流れとしてはひと世代前の最澄から始まるが、
仏教の寺の名前には、必ずといってよいほど、
そして、きわめて形式的に「○○山」という山号なるものが付くようになった。

梅原孟氏から学んだ。

2008年10月23日木曜日

内村鑑三"Representative Men of Japan"(代表的日本人)



本当は全部英語の方で読み通そうと思ったんだけど、
二宮金次郎の途中までで、
あとはズルして日本語に流れていきました。

でも、これは日本人として読んでおくリストに入るね。
もちろん内村さんは、外国に向けて発表する目的だったからこそ、
英語で書いているわけだけど、
日本人だから、こういう人がいて、こういう歴史があってというのを、
必ずしも全部知っているわけじゃないから。

実際、二宮金次郎なんて、そっちこっちの小学校に立っている像の人
というイメージしかなくて、
じゃあなんで、何をしたから、ああして像になっているか、
恥ずかしながら知識がなかった。


内村鑑三という人も興味出てきた。
『基督者の告白』だっけ?
あれ読んで、無教会派のクリスチャンだって知った。

この『代表的日本人』は、
キリスト教社会の人たち向けということがあってか、
彼の信条的になのか、
話の入りが、聖書の物語・考え方との関連付けから始まっている。
日本人でクリスチャンなら、とても刺激になることでしょう。

2008年10月21日火曜日

童門冬二 『小説上杉鷹山』 下


とりあえず"下"から入った。
なぜかというと、藤沢周平『漆の実のみのる国』が半ばで終わってしまっていたので、
その続きとして読めるかなと思って。

鷹山に関しては、もっと知りたいので、
あのJFKが読んでいたという
(現在の欧米人も読んでいるのかな?気になる)
日英対訳の内村鑑三"Representative Men of Japan(代表的日本人)"と格闘中。

その後で、"上"かな??

2008年10月8日水曜日

ぜったいムリ



まるでバベルの塔、高さ1000メートルを超える世界で最も高いビルが建造へ


高層階に住むことも、そんなところで働くことも、
ぜんぜんステータス感じないし、
何か地震とかあったときに、いろんな意味で怖いだけだから。

今住んでいる4階くらいでもう充分。
基本的にアナログで田舎の人間としては、階段が使える範囲で。

初めて働いたところが、
●ンシャイン60の20階くらいだったかな。
それなのに、200階って、
そんなのを建てられるんだ!と自慢する人の気持ちは、
ほんとにバベルの塔みたいで。。。

2008年10月5日日曜日

麻生さんと小沢さんと、選挙に関わる人たちへ贈る言葉

最近見つけた老子の言葉をお贈りします。

人を治め天に事(つか)うるは嗇(しょく)に若(し)くは莫し。夫(そ)れ唯嗇なり、是れを早く服すと謂う。早く服する之を重ねて徳を積むと謂う。重ねて徳を積めば、則ち克たざるは無し。(老子 下篇 第59章)

嗇はつまり吝嗇。
わかりやすく言えば、ケチ。

3億やら1億というお金を、選挙のために集めているようですが、
本当に入り用なものですか?

克つ、すなわち選挙に勝つために、
徳、つまり人として善い人格・行動を積み重ねていただきたい。

善い人格・行動とは、決して弱いということではない。
発揮して継続していくためには、とてつもない強さやいくらかの豊かさが必要です。
わたしは少なくともそう信じています。

2008年9月29日月曜日

法人実行税率

法人実効税率、日本が7年連続最高 OECDの30カ国中
 日本の法人税の実効税率が経済協力開発機構(OECD)加盟の30カ国中、7年連続で最も高いことが民間の調査でわかった。日本の国と地方を合わせた実効税率は40.7%。経済産業省や日本経団連などは引き下げを求めており、こうした声が一層強くなりそうだ。

 調査は大手会計事務所のKPMGインターナショナル(スイス)が今年4月時点で実施した。日本に次いで高いのは米国で40.0%。最も低いのはアイルランドで12.5%となっている。 (08:02)



日経新聞のメールマガジンから。
仕事柄、けっこう気になることだったので、載せてみました。

日本での法人税、つまり、ざっくりいえば企業が払うべき税金を見ると、
法人税+法人住民税+法人事業税というのが内訳で
(だから、いろいろな説明書きを見ると「法人税など」と出てくる)、
それぞれに税率が定められている。

じゃあ実際に、企業の所得(儲け)に対して、払う税額はなん%?
というを表す時に、実効税率というんですね。
自分の場合、むしろこの%しか覚えてない。はは


とりあえずの印象としては、日本は企業が負担する税金の比率が高いということ。

でも、単純に高いからいいとか、悪いとか、言うつもりはなく。
例えば、「企業からの税収を高くして、個人世帯の負担を軽くしたらいいでしょ?」
といった考えがはっきり反映していたらいいと思う。
個人で動くお金より、企業で動くお金の方が、
圧倒的に規模が大きいんだから、
そこに重点を置いたら、税収効率というか、
役所の規模も人員も大きくしないで済むのではないか。

そういう考えがはっきり示されていないと、
やれ、大きい企業は儲け過ぎ!だとか、
やれ、行政は企業の成長を妨げている!だとか、
自分の立場からの意見が主張されて、
収集が付かなくなるだけ。

2008年9月26日金曜日

山本一力『深川駕籠』祥伝社文庫



また一力さんか。。。
こりゃ完全にはまってるね。

ちょっと荒っぽいけど、
これもいい話だった。

最後は、「走れ、メロス」調で終わってて。


これにも、損料屋の喜八郎が出てくる。
名前だけだったら、江戸屋の秀弥も。

一力さんにとっての深川は、
作家 倉本聰さんにとっての富良野のようだね。
1つの土地を愛して、そこから発想をふくらまして、
創り出せるってうらやましい。

2008年9月19日金曜日

関が原の戦い前の雰囲気

司馬遼太郎『関ヶ原』中巻 p384より
「徳川家、このたび滅亡、ともつぱら申し触れ候。主人主人はいずれへ、御付きなされ候うや、なにとぞ大坂へ御付きあれかしなどと、末々にてはつぶやき申し候うあいだ、過半、大坂方の心持になり申し候。-平尾氏サツ(答に刂)記-

関ヶ原の戦いが始まる前、一般の人たちと世間の雰囲気、
そして動員されているだけの兵卒の気持ちは、
石田三成を首謀者とする豊臣家の勝ちだったらしい。
根拠は、人数。
集められた兵隊の数に、数万人の差があった。

しかし一方で、情報収集ができる立場、
または率先して情報を集め、自己保存を図ろうとした主に大名レベルの判断は、
徳川方の勝ち。

この大名の中には、豊臣側の中枢を占めていた人たちも入る。
そう判断した人たちは、続々と自分たちの内側の情報を、
徳川方に売り始めた。

いはゆる世間の雰囲気に流されて、
自分で良し悪しの判断をしないことの怖さを思い知る。

2008年9月17日水曜日

Jリーグの経営状況 ~売り上げ-経費=儲け~

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/sports/n_jleague2__20080916_2/story/16mainichiF0917m059/

立ち上げ当初、サッカーはビジネスになるのか?
地域に根ざして、なんてやったら、赤字を増すだけじゃないのか?
なんて見方が結構あったように思う。

こういう記事が出ると、うれしくなる。

(自分にとっては)なぜだかすごい人気の浦和。
成績が低迷しているのに2位の横浜。
たぶん知らない人はどこ?って感じだろう、
茨城の1つの町をサッカーで元気にした鹿島。

ちょっと話の流れが飛ぶかもしれないが、
国や地方の役人がやっている事業も、
ちゃんと売り上げを伸ばしていって、
そこから先行投資分や経費を引いても、
10年・20年とかの期間でみたら儲けが出て、黒字になりました、
という考えでやっていったら、
毎年の税収に頼らないで、役所も自存自立できて、
逆に税金は安くなっていくという流れになっていくんじゃないのかね。

2008年9月12日金曜日

ただ反対、撤回だけじゃ・・・・・

メルマガの日経新聞から
┏━━トップニュース━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ◆川辺川ダム、熊本知事が「反対」 国に見直し迫る
  国が熊本県相良村の球磨川水系川辺川で進める川辺川ダムについて蒲島郁夫知
事は11日午前、「現行のダム計画を白紙撤回し、ダムによらない対策を模索すべ
きだ」と計画に反対する考えを県議会で表明した。知事が国の公共事業に明確に
反対するのは異例で、国主導の大型公共事業のあり方に影響を与えそうだ。┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

この記事から受ける印象は、
ダム建設はとりあえず反対。槍玉になっている公共事業だから。
とりあえず白紙撤回で、国は何か別の方法を考えてください。

この手の発言を県知事がしたところで、
一体何が前進するのかと、いつも思う。

実は、すでに代替案があって、
それは進んでいるけど、現時点では公表できない。
というのであれば、納得いくけど。
あるのであれば、そういうのを少しでも匂わせることはできないものか。
執政側もマスコミも。

関連記事⇒ http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/display/5968/

1つの物事について、賛成も反対もあるのは当然のこと。
でも、何のためか、どんな必要性があって、どんな利益がほしいか、
まだ議論し尽くされていないのではないか?
最初からダムをどうするかではなく、
建設するかどうかは、徹底的に考えた後の1つの結果であるべきだ。

2008年9月5日金曜日

パーヴォ ヤルヴィ

フランクフルト放送交響楽団 首席指揮者

今、3chでサントリーホールでのコンサートを放送しているけど、

この人の指揮、すげー!

なんか世界を作り出してるな。

速いテンポになった時の、指揮棒のあの小刻みな振りはそうマネできない。

16分音符を打ってるのか???

http://www.paavojarvi.com/

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3

この1~2週間の読書

山本一力 『梅咲きぬ』 文春文庫

 同上 『大川わたり』 祥伝社文庫

横山秀夫 『出口のない海』 講談社文庫

偏っているかしら。。。
どれもこれも、人生を学ぶものだった。

それぞれ心が留まったところは追々載せたいと思います。

特に、『梅咲きぬ』は、女性、さらには人間としてのしつけの本。
一本筋を通した生き方をするために。

2008年9月1日月曜日

naef-spiel


スイス製のブロックなんだけど、

なかなか簡単なようで、奥が深くて、

こどもがいちばんたくさん遊んでいるおもちゃ。


親も熱中して、やっと”花火”完成!!!

これが今までできなくて、できた時はすごい感動だった。

ケータイのカメラで、あまりよく見えないと思うので、
詳しくは⇒
これだけをまともに買うと。。。。
こういうのもう少しお手ごろにならないものかね。

2008年8月28日木曜日

「右ひじ貸してください」

(最初に言っときますが、決して自慢のためでなく、

これからの自分の対応を決めておくためと、 知らない人の役に立つために。)


おとといの北野駅で、 白い杖の人が、

柱につかえながら、改札に向かおうとしていた。

帰りがけのことで、急いでいたワケではないので、

「手をとりましょうか?」と声をかけてみた。

そしたら、とても明るいおじさんで、

「ありがとうございます。では、右ひじ貸してください。」


一瞬、右ひじ? と思ったが、

おじさんは自然に右ひじにつかまってくれたので、

そのまま改札に向かい、タクシー乗り場まで。


この細い右ひじがこんな時に役立つとは。。。

学びました。 目が不自由な人に必要なのは、右ひじ!

2008年8月27日水曜日

人と違うことは恥ずかしいか???

最近、大戸屋で食べている時に耳に入ってきた会話。
2人ともサラリーマンらしい男の人たちだった。
「うちの最寄り駅まで、みんなママチャリに乗ってて、
マウンテンバイクの人いないんだよ。
恥ずかしいな。。。」
「へぇ~」・・・・・

彼の持ち物では、マウンテンバイクという選択肢しかないらしい。

しかし、一体何が恥ずかしいんだ???
仮に、彼一人だけがマウンテンバイクに乗って駅まで通勤していたとして、
それは恥ずかしいことなのか?

とても勝手な感情だが、密かに腹の中で怒っていた。

日本人同士の会話の中に、
たまにこの手の話が出てくる。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と同時に、
「青信号、みんなが渡らなければ、自分も渡らない」という風潮。
自分の行動や選択に責任を持たないのは、あ~怖い。

木造の建物は何年もつか?


老朽化って、突然ガラガラと崩れ始めたんだろうか??
やっぱり法隆寺なんかは例外中の例外で、
築80年が木造の限界を超える年月なのか?
そういえば、うちの実家も、築40年くらいだったか。
まだ折り返し地点???
いや、そろそろやばいかも。

2008年8月25日月曜日

信仰心のなせる業

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080825-00000010-jijp-int.view-000

「信仰心がある」ってことは、物理的にというか、起こりうる結果として、
「絶対に落ちない」「絶対に倒れない」ということではない。
「絶対に成功する」ということでもない。

じゃあ違いは何か?
たとえ失敗に終わっても、周りにあたり散らしたり、仲間のせいにしない。
たとえ落ちて死んでしまっても、後悔しない。
もし成功したら、信じている対象や仲間に感謝して、
すべて自分の力!と独りよがりにならない。
ということではないか。

2008年8月20日水曜日

ENDING NOTE

ちょっと前にお客さんに教えてもらった。
「こんなのあるんだよ。知ってる?」
http://nalc.jp/Ending/endingTOP.htm
http://www.happy-endingnote.com/?ad=001&gclid=CMWo-_vomJUCFQntegodrDVBgw

知らなかった。。。。。
しかも、今の時代、きっと必要なものだろう。

いってみれば、遺言なのだが、
遺言となると、効力をもたせる為には法律を踏まえないといけない。
もっと簡単な形で、自分で伝えられなくなった場合に、代わりに遺族などに意思・考えを伝えてくれるノートと考えたらいい。

自分がこの世を去るときのことを、いつもいつも考えていたら、
ほぼ自殺志願者になってしまうだろうが、
ある時、ふと考えて、その時の状況と、自分としてはどうしてほしいのかをはっきりさせて、
形にしておくことは大切なんだと思う。

田舎などだと、昔からの決まり事やら近所への手前なんてものがあって、
葬式はこんな形で、などという自分の希望を入れることも、未だに難しいのかもしれない。

しかし、少なくても、家族やそのほかの大切な人に、
遺したい思いの幾らかはあるのではないか。
そんなお金をかけずとも、普通のノートに書いておくだけでも充分だろうが、
形から入った方が始めやすい人たちや、
とりあえず体裁が整っていた方が分かりやすいというのもある。

わたしも昨日注文したばかりだけど、
ちょっと遺しておこうかなと。

2008年8月18日月曜日

娘が母の力の源


ほとんど見ないつもりだったけど、けっこう見てしまったオリンピック。

基本的に、夫婦でスポーツを見るのは好きだからね。



そんな中で見つけたいい写真。

記事→ http://beijing.yahoo.co.jp/news/detail/20080811-00000212-jij-spo#0

よい成績を残した人たち、メダルを獲った人たちのコメントや、試合後の行動で、

家族への感謝を口にしたり、すぐに近くまで報告に行ったりする人が増えてきている気がする。

自分の才能や実力でここまで来た!という人が少なくなってきているのかね??

2008年8月16日土曜日

権之丞とレジナ小雪の会話

この会話には、"物事の本質"、すなはち相反するものの中に在る本質があるんじゃないか。

pp.531-533 「おれは聖人ではない。神を信じてもおらぬ。・・・・・
おれは、見せかけだけの不敬なキリシタンだ」 
「それでは・・・。権之丞さまは、いったい何を信じておられるのです」・・・・・
「おれは、ある男への意地のため、あえて偽りの殉教者になる道を選んだ・・・・・
この世に、おのれの思うとおりにならぬことはないと思い込んでいる倣岸不遜な男だ。おれはその男への反撥から、すべてを捨てたのだ。そして、独りになって見つけた」 
「何をでございます」
「信じるものをだ・・・・・おれは神ではなく、おのれ自身を信じる。道は自分で切り拓いてゆかねばならない。神も仏も、人を助けてはくれぬ。おのれ以外のものに縋(すが)っていては、ついに何ごとも為し得ぬだろう」

かといって、彼は決して独りで生きているとは思っていないだろう。よい仲間に恵まれていて、それらの人たちへの感謝の気持ちはいつもあったんだろうと思う。
平泳ぎの北島さんが、1位をとった後のインタビューで「勝てて、感謝しています」と言っていた。

「神は弱き者の魂をお救いくださいます」
「余の者のことはわからぬ。だが、おれは、神を信じるだけでは救われない。闘って、闘って、闘い抜くしか、おのれをささえるすべがない」・・・・・
「権之丞さまは、お強い。それゆえ、お独りでも生きてゆけるのです。わたくしのような心弱い者は、とても独りきりでは・・・・・」
「だから神を信じるか」
「神は遠いところで、わたくしたちを見守っていて下さいます」・・・・・
「神がいるなら、なぜ、幕府に信仰を禁じられて行き場を失った者たちを救わぬ。城中のキリシタンたちは、なにゆえ現世(うつしよ)の聖人をもとめる。天国(パライソ)の幻に縋るだけで、いまを精一杯生き抜くことをあきらめているからではないのか」

神という存在を含め、何か自分以外のものを信じることは、弱いということではない。
自分がどこに立って、物事の善悪を判断するかをはっきりさせるということ。

信じることは、ただ待つということではない。
前を向いて進むこと。
できることをすべてやって、どうしても残るできない部分は他に任せるということ。

2008年8月12日火曜日

映画『HERO』

いきつけのレンタル屋で99円セールだったらしく、

奥さんが借りてきたので、日曜に一緒に見た。

「これは殺された人の命の重さを量るための裁判なんだ!」

政治家の悪巧みを暴くとか、

名前を売って、名誉を得るためとかじゃなく。


検事という、どちらかというと、全然イメージないというか、あっても地味ぃな職業を、

あれだけかっこよく見せるこの企画ってすごい。


子どもが生まれて以来、この2年半以上、DVD一本初めて通して見れた、

画期的な日でもある。

パンツトレーニングしたりしながらだけど、もちろん。

火坂雅志『家康と権之丞』文春文庫

主題はもちろんちがうけど、

自分にとっては、"クリスチャン第二世代の話"だった。

(徳川家康が、実はクリスチャンだったというオチの、強引なフィクションでもない、もちろん)

自分自身そんなに信じているワケでは決してないけど、

母親を思い出すための場であり、心情である宗教・信心。


耶蘇教禁止令が出て、権之丞がクリスチャンの教えを捨てずに、

家督も名目もすべて投げ出して、逃亡生活している、今日はそこまで。

文庫本一冊で約600頁の長編です。

2008年8月11日月曜日

"衰世感" -陳舜臣『阿片戦争』(上)講談社文庫

p.383
 かりに『衰世感』と名づけよう。
 当時の中国の知識人で、多かれすくなかれ、この衰世感をもたぬ者はいなかったであろう。                        
 いたるところでにおう阿片のにおい、亡者のようにふらふらとあるく阿片中毒患者。農村からはじき出されて、街にあふれた貧民、そして乞食の群れ。-こんな情景に接して、世の衰えを感じない者がいるだろうか。

衰世感は社会的な雰囲気や事実としてものもあるだろうが、
これを感じて、沈んでしまって何もしないか、そうならないかは、
やはり個人の気持ちのことで、選ぶことができる。
それでも何かできるだろう、せっかくこの時代に生まれてきたんだから。
といつも思っていたい。

むしろ、こういう世の中だからこそ、
這い上がれる好機が転がっているかもしれない。   

でも、この『阿片戦争』は、1冊500頁がまだ2冊続く。
んんん、衰世感。。。。。






 

2008年8月7日木曜日

広瀬隆 『持丸長者』 ダイヤモンド社

世の中は、経済・金融、そして政治は、金持ちが動かしている。
これは事実。
『赤い盾』で、いやってくらい教えてもらった。
この視点は、世の中渡る上でとりあえず持っておかないと。

でも、正直、この本はいろいろ詰め込みすぎて、
何が言いたいのかわからなくなっているところも。。。

2008年8月4日月曜日

ソルジェーニツィンが亡くなった

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080804AT2M0400B04082008.html

無知なことに、彼が今まで存命の人と知らなかった。

彼について知っていることといえば、

古本屋で見つけた、タイトルも忘れてしまった、

とても薄い、相当茶色くなった岩波文庫の1冊だけ。


でも、あの本の衝撃は、しっかりと残っている。

社会主義やら、強制収用所なんていう状況の中でも、

人間てしっかり考えを持って生きれるんだと。


むしろ、どんな状況でも、人の心の在り様は、

いろんな外からの影響は受けながらも、

最終的には、本人が決めるものなんだということ。